彦湯産隅命は、記紀の記述から実在が不確かな「欠史八代」の時代に位置づけられる人物である。彼自身の具体的な事績はほとんど伝わっていないが、彼の系譜は後世の氏族に繋がる重要な結節点となっている。特に、丹波地方(現在の京都府、兵庫県の一部)を本拠地とした丹波道主命(たんばみちぬしのみこと)の父とされ、この血縁を通じて、後の垂仁天皇の皇后となる日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)などの皇室との結びつきが形成されると考えられているが、『日本書紀』では、開化天皇皇子の彦坐王(ひこいますのみこ)を父としている。
- 父 - 開化天皇(わかやまとねこひこおおひひのみこと、第9代天皇)
- 母 - 丹波竹野媛(たにわのたかのひめ、竹野比売)
- 子 - 丹波道主命(たんばみちぬしのみこと)