1986年9月に渋谷道頓堀劇場にてデビュー。清水ひとみの跡を継いで道頓堀劇場の看板娘となる。1989年にはビデオや写真集がヒットして人気の頂点を極める。1991年、5周年公演を行うが、ビル5階の駐車場から車で墜落、腰骨、脊髄を痛めるが、全治6ヶ月のところを3ヶ月で舞台に戻る。1995年11月5日渋谷道頓堀劇場閉館(のちに再オープン)に伴い引退。
AV界からの誘いも何回かあったというが、本人にその意思はなく「本業はあくまで劇場で、お客さんに楽しんでもらうこと。」としていた[1]。スキューバライセンスを取得しており、水中ヌードも公開した[2]。