後藤磯吉 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 1919年3月30日 日本 兵庫県神戸市死没 (2011-08-22) 2011年8月22日(92歳没) 日本 静岡県静岡市国籍 日本出身校 山口高等商業学校(現山口大学経済学部)卒業ごとう いそきち 後藤 磯吉生誕 1919年3月30日 日本 兵庫県神戸市死没 (2011-08-22) 2011年8月22日(92歳没) 日本 静岡県静岡市国籍 日本出身校 山口高等商業学校(現山口大学経済学部)卒業職業 元はごろもフーズ社長元はごろもフーズ会長元日本缶詰協会会長子供 次男:後藤康雄受賞 藍綬褒章(1975年)勲三等瑞宝章(1989年)清水市名誉市民(1999年)渋沢栄一賞(2008年)テンプレートを表示 後藤 磯吉(ごとう いそきち、1919年3月30日[1] - 2011年8月22日)は、兵庫県神戸市出身の実業家。はごろもフーズ元社長。シーチキンの生みの親。静岡県静岡市の名誉市民[2]。 はごろもフーズ代表取締役会長の後藤康雄は、磯吉の次男。社長の後藤佐恵子は、康雄の長女(磯吉の孫)である。 1919年、兵庫県神戸市生まれ[3]。山口高等商業学校経済研究科(現・山口大学経済学部)卒業[1]。はごろもフーズの前身である後藤物産を創業者の先代から引き継ぎ、1947年後藤物産社長に就任。その後、社名を後藤物産缶詰、後藤缶詰、はごろも缶詰に改称。社長を務める。1987年にはごろもフーズに改称して同社長から同会長。2007年同社顧問に就任する。2011年8月22日に死去。 実績 はごろもフーズの社長として40年間にわたって社長を務める。当時、業界で輸出主体であったツナ缶詰を1955年頃から国内販売に切り替えを始める。「シーチキン」(1958年商標登録)のブランドで、同社ツナ缶詰を国内販売シェア の過半数を占めるまでに育て上げる。1962年にはマカロニ・スパゲッティの製造販売に乗り出すなど、業績の拡大に手腕を発揮している[4][5]。 脚注 1 2 訃報 はごろもフーズ、2011年8月24日 アーカイブ 2018年1月28日 - ウェイバックマシン ↑ 名誉市民 - 静岡市 ↑ 静岡新聞 2011年8月25日朝刊 ↑ 「シーチキン」の生みの親、前はごろもフーズ会長の後藤磯吉さんが死去。 ナリナリドットコム ↑ 後藤 磯吉氏(ごとう・いそきち=元はごろも缶詰(現はごろもフーズ)社長、前はごろもフーズ会長、現同社顧問) 日刊水産経済新聞、2011年8月26日 先代(初代) 清水屋社長→後藤物産缶詰社長→はごろも缶詰社長1947年 - 1986年 次代後藤康雄 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。表示編集 Related Articles