後藤茂
From Wikipedia, the free encyclopedia
兵庫県相生市出身、1947年拓殖大学商学部卒。日本社会党に入り、社会タイムス記者、「社会新報」編集長、総務部長、党のエネルギー政策立案担当等をつとめた[1]。1971年所沢市長選に立候補するが落選。1976年の総選挙で兵庫4区から立候補して初当選。通算6期務めた。1995年社会党を離党して民主の会を結成、のち市民リーグを経て、1996年に民主党に参加したが同年の総選挙で落選した。
1970年代以降、反原発色を強める社会党[3]にありながら、原子力の平和利用をすすめ核拡散を防止する立場から原子力開発、核燃料サイクルを支持していた[4]。
切手収集家としても知られ、国会論議を通じて慶弔切手の発行に尽力した[5]。