1959年に北京鋼鉄工業学院冶金学部卒業。その後、長い間上海工業大学(現・上海大学)に研究者・教授として在籍する。1983年に中国共産党入党。その前後の数年間、イギリスに留学し、スウェーデンの企業に招聘された。1989年上海市高等教育局局長に昇進。天安門事件の際、上海の大学生たちの動きにうまく対応したため、政治的才能を当時上海市長であった朱鎔基に認められ重用された。92年に経済担当の副市長に昇進し、95年上海市市長になった。上海史上はじめての教授出身の市長であり「学者市長」と呼ばれた。彼は外国資本を導入し、各地の人材を集めて、上海の経済成長に貢献した。
徐匡迪は朱鎔基に抜擢されたが、いわゆる上海閥には属していない。2001年に市長職を辞職し(上海市党委総書記・黄菊との不仲が原因と噂された)、中国工程院院長に就任した。
2006年9月、スウェーデン国王より北極星勲章コマンデール章を授与されている。
2010年6月11日に工程院長を周済副院長に譲り、院長職を退任。