徐悲鴻
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1916年に復旦大学法文系に入学。1917年に日本に留学。1919-1927年、国費留学生としてフランスのパリ国立高等美術学校へ留学し、西洋の絵画を学び、その後は2年間ドイツで、そのほかのヨーロッパ各国へも修業に赴き、その中にはベルリン美術学院院長のカンボフの下にいた[2][1]。1927年に中国へ帰国後、上海南国芸術学院や北京芸術学院、重慶の中央大学芸術学部の教授となり芸術の教育を行った[2]。1946年、北平芸術専門学校(北平は、北京の旧名)の校長となった[2]。1949年7月、中華全国美術工作者協会主席に選ばれた[2]。設立間もない中華人民共和国の国旗、国章、国歌の制定に関わった[2]。1950年、中央美術学院の初代院長に就任[2]。