御所解
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語源
歴史
江戸時代後期に武家婦人の衣服制度が定まったときに、特に高位の御殿女中の着物の文様として好まれた物である。柄行きの選定には先述のように平安文学や能に関する素養が要求されたため、「武家女性の品格の高さを表す物」として特に好まれた物と思われる。当時は主な文様は刺繍、補助的に友禅等の染めで文様を表していたため、身分制度で刺繍技法の着物が着用できなかった庶民にはとても手の届く物ではなかった。この頃はこれら武家女性の好みの着物は「御屋敷風」といわれていた。[1]
これらの着物の文様は、厳格に決まりがあったとはいえ、武家女性は教養の限りを尽くして文様の位置を微妙に変えたりなどの工夫をしていた。その柄行きから着物がどの物語を主題としているのを当てるのも教養の内だったからである。が、幕末になると完全に形式化してしまった。
明治維新で幕藩体制が崩壊すると、貧窮した武家階級からこれらの着物が質屋等を介して市中に出回るようになった。この時、これらの着物を見た庶民によって「御所解」という誤解の多い呼称が生まれたのである。