御手作場

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御手作場(おてさくば)は、江戸時代末期に箱館付近および蝦夷地に設けられた江戸幕府経営の開墾地である。

江戸幕府経営とはいっても直営ではなく、移住の旅費、家産、農具などを与え、また3年間ほどの食糧も共じて開墾をすすめ、やがては年貢を上納する自立した農村を作っていこうとの保護移民式開発策で、かつて「銭亀沢村字目名」、のちの亀尾村、下湯川村馬喰谷津、のちの深堀村を1855年安政2年)4月5日、水戸藩士の庵原菡斎が指揮して家臣および人を雇い自費で開拓。その良好な成果を箱館奉行に報告したことがきっかけで設けられた制度である。

江戸幕府による蝦夷地統治における最大の問題は食糧や武器が自給出来ないことだった。特に主食と野菜松前藩時代から全て本州に頼っていた事情があった。

箱館周辺の一村立

1867年(慶応3年)、銭亀沢村地先亀ノ尾御手作場、上湯川村御手作場、下湯川村御手作場の各農夫惣代が住民の民意を元に箱館奉行へ一村立を願い出て認められる。

御手作場一覧

参考文献

関連項目

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