忍海広次 From Wikipedia, the free encyclopedia 忍海 広次(おしのうみ の ひろつぐ、生没年不詳)は奈良時代前期の官人・経師。姓は連。官位は従七位上・式部省書生。 写経所に出仕していた官人・経師。天平11年(739年)に初めて名前が見え、天平19年(747年)に書生、天平20年(745年)には式部 書生 従八位上とある。天平勝宝5年(753年)に散位寮 散位 従八位上、天平宝字2年(758年)文部省 書生 従七位上に昇進する。天平宝字7年(763年)までは経師、写し手として名前が見える。 官歴 天平宝字2年(758年)6月18日:見従七位上[1] 脚注 ↑ 『大日本古文書(編年文書)』13-236 参考 『大日本古文書』 Related Articles