1881年12月28日(明治14年)東京市本所林町で志保井藤太郎の長男として生まれる[1]。志保井家は東京砂町の名手役を代々務めていた旧家であった。
13歳で父が亡くなり、15歳頃から女流柔術家の宮本富之助より天神真楊流を学び20歳で目録を受けた。さらに天神真楊流の大家であった井上敬太郎に就いて柔術を研究した。関西各地を遊歴して柔術を研鑽し、24歳の時に宮本半蔵より天神真楊流免許を授かった[注釈 1]。
天神真楊流における号は柳風斎で、志保井義之柳風斎源正泰と名乗っていた[3]。
1908年(明治41年)に独立して柔術道場と整骨院を開業した。
1922年(大正11年)整復術師試験に合格した[4]。
志保井義之は柔術の他に剣舞の達人でもあり心鐵流を開いた。