志熊三郎
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広島県広島市出身[7][8]。志熊直人の息子[注 1]。広島市段原町(現・比治山町)の比治山神社社掌・志熊三郎が1915年に亡くなり、当主の三郎がその後を継承する[1]。
高等師範学校附属中学校を経て[1]、1916年に第三高等学校大学予科を卒業[9]、1919年に東京帝国大学法学部英法科を卒業[4][10]。三菱造船に入る[7]。
1922年、司法官試補に任ぜられる[4]。1924年、検事に任ぜられる[4]。1925年、釧路地方裁判所検事に補せられる[4]。1929年、台湾総督府検察官に任ぜられ、台北地方法院検察官に補せられる[4]。台中地方法院検察官、台南地方法院嘉義支部上席検察官、高雄地方法院検察官長を経て1943年、新竹地方院検察官[10]。
1946年、弁護士を開業[2][3]。1948年、広島高検検事に任官[2][3]。1955年、退官、公証人となる[2][3]。