志賀綜合食料品店

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本社所在地 日本の旗 日本
050-0083
北海道室蘭市東町[1][2]3丁目10-21
設立 1950年(昭和25年)4月[3]
株式会社 志賀綜合食料品店
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
050-0083
北海道室蘭市東町[1][2]3丁目10-21
設立 1950年(昭和25年)4月[3]
業種 小売業
代表者 浜野喜孝(代表取締役社長)[1]
売上高 約118億円(2005年(平成17年)2月期)[1]

約111.4億円(2008年(平成20年)2月期)[2]

約50億円(2011年(平成23年)2月期)[1]
純利益 約-10.46億円(2011年(平成23年)2月期)[1]
従業員数 431人(正社員を含む、2010年(平成22年)2月時点)[3]

290人(正社員70人を含む、2011年(平成23年)6月時点)[1]
主要株主 シーズ協同不動産(生活協同組合コープさっぽろ子会社)35%[4][5]
関係する人物 志賀敬(創業者)[1]
志賀辰哉(元社長)[2][6]
外部リンク 閉鎖(ウェイバックマシン
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株式会社志賀綜合食料品店(しがそうごうしょくりょうひんてん)は、北海道室蘭市登別市苫小牧市スーパーマーケットを展開していた企業である[7]。2011年7月5日に全店舗を閉店、そのうち一部店舗を生活協同組合コープさっぽろへ譲渡した。

キャッチコピーは「バス賃かけてもおつりの来る店[7]」。

志賀敬が1950年(昭和25年)4月に室蘭市輪西町で「志賀綜合食料品店」として[3]総菜店を開業したのが始まりである[8]。1969年(昭和44年)に株式会社に改組した[3]。総菜店として創業したことから[8]「手作りの総菜」などに強みを持ち[7]、スーパーマーケットでありながら対面販売部分を残すなど独自の運営形態で営業していた[7]。地元では丸井今井室蘭店(2010年閉店)、桐屋(のちの室蘭ファミリーデパート、現・イオン室蘭店)と共に“さん”付けされ、「志賀さん」と親しまれていた[7]

最盛期の2005年(平成17年)には室蘭市と登別市、苫小牧市に計9店舗を展開し、売上高約118億円を上げ[1]、2006年(平成18年)2月に函館のスーパー魚長から運営ノウハウを受けた新業態「FOOD!100」を導入した[9][10]。しかし、景気低迷や少子高齢化に伴う人口減少が進んでいるところに大手流通企業が進出してきたことで売上が伸び悩んで業績が悪化[7]

2008年(平成20年)11月に苫小牧市内1店の営業権を「生活協同組合コープさっぽろ」へ譲渡したころから同組合との関係が強まり、2009年(平成21年)1月30日には「生活協同組合コープさっぽろ」と資本・業務提携を締結して再建に取り組むことになった[2]。この資本・業務提携に伴って子会社「シーズ協同不動産」を通じて発行済み株式35%を取得して筆頭株主となると共に[4]非常勤取締役1人の派遣[2]や卸業者紹介を含めた仕入れ面で支援などを「生活協同組合コープさっぽろ」から受けることになった[4]

ところが、2010年(平成22年)5月27日に当時の社長だった志賀辰哉が急性心不全で死去し[6]、それに伴う社長交代時に会見で「財務的瑕疵(かし)がある」との表現で多額の粉飾決算が表面化した[1]。そのため、更なる支援による再建は困難として2011年(平成23年)6月に「生活協同組合コープさっぽろ」が当社としての事業継続を断念して特別清算を行う方針を固め[1]、2011年(平成23年)7月5日に全店舗を閉店して営業を事実上休止して61年間の歴史に終止符を打った[7]。2010年(平成22年)で時点で約8.9億円の債務超過に陥っており、2011年(平成23年)6月の時点での負債総額は約17.74億円だった[1]

なお、「生活協同組合コープさっぽろ」が事業を継承した後も当社の「大皿に盛った手作りの総菜の量り売り」などの製造・販売の伝統は残っており、「コープさっぽろ しが駅前店」の総菜売り上げが「生活協同組合コープさっぽろ」全109店のトップ3に入り、手本として同社の他の店舗にそのノウハウが水平展開されている[8]

2023年6月5日、室蘭市輪西町の商業施設ぷらっと・てついちに総菜屋のマルソウしがオープンした。運営するのは、同施設内のラーメン鉄平店長で、しが創業者の孫である志賀康生。祖父の天ぷらの味を再現し祖父が商売人としての一歩を踏み出した輪西で、新しい商売の形でまちの活性化に貢献したいと展望している[11]。なお「ぷらっと・てついち」は、かつて志賀綜合食料品店の輪西店が営業していた施設でもある(後述)。

沿革

  • 1950年昭和25年)4月 - 室蘭市輪西町で志賀綜合食料品店開店[3]
  • 1969年(昭和44年) - 株式会社に改組[3]
  • 1975年(昭和50年)12月 - 「綜合食品のしがイースト店」が登別市美園町に開店。
  • 1991年(平成3年)7月 - 「スーパーバルス」日新店が苫小牧市に開店。
  • 1994年(平成6年)2月 - 「綜合食品のしがハック店」が室蘭市白鳥台に開店。
  • 2000年(平成12年)10月12日 - 「綜合食品のしが桜木店」が登別市に開店。
  • 2004年(平成16年)4月 - 「綜合食品のしが室蘭驛前店」が室蘭市入江町に開店。
  • 2006年(平成18年)2月 - 新業態「FOOD!100」を導入[10]
  • 2008年(平成20年)11月 - 苫小牧市内1店の営業権を「生活協同組合コープさっぽろ」へ譲渡[10]
  • 2009年(平成21年)
    • 1月14日 - 「FOOD!100ときわ店」(苫小牧市)を閉店[12]
    • 1月30日 - 生活協同組合コープさっぽろと資本・業務提携[2]
    • 2月 - コープさっぽろときわ店が「FOOD!100ときわ店」跡に開店[12]
    • 4月14日 -「綜合食品のしが桜木店」閉店(現)コープさっぽろのぼりべつ桜木店。
  • 2010年(平成22年)
    • 5月27日 - 2代目社長である志賀辰哉が急性心不全のため58歳で死去[6]
    • 8月29日 - 「FOOD!100若草店」(登別市)閉店。
    • 9月12日 - 「スーパーバルス日新店」閉店[13]
  • 2011年(平成23年)
    • 3月20日 - 特別清算申請。負債額は約14億円。
    • 4月4日 - 特別清算の開始が決定。
    • 7月5日 - 輪西、イースト、ハック、室蘭驛前店を閉店[7]
    • 7月8日 - 業務提携先である「生活協同組合コープさっぽろ」が輪西、イースト、室蘭驛前店の3店舗を継承して開店[7]

店舗

脚注

外部リンク

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