サクロ・ボスコ
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歴史
「怪物公園」という通称は、園内に点在する巨大な彫刻に由来する。この庭園は、16世紀のコンドッティエーレ(傭兵隊長)で、芸術のパトロンでもあったピエル・フランチェスコ・オルシーニ(ヴィチーノ・オルシーニ)が作らせたものである。オルシーニは、深く愛していた妻ジュリア・ファルネーゼ[注釈 1]の死後、その悲しみを癒やすためにこの庭園を作らせた。
19世紀以降、この庭園は手入れがされずに荒廃し、草木が生い茂ったまま放置されていた。1950年代、スペインの画家サルバドール・ダリがこの庭園の価値を見出し、この庭園を題材にしたドキュメンタリー映画や絵画を制作した。1970年代に入り、この庭園を保有していたベッティーニ家が修復を開始した。今なお私有地であるが、ボマルツォの主要な観光地となっている。





概要
形式
この庭園は、当時流行していた「訪問者を驚かせる意匠」の庭園であり、多くのマニエリスムの作品と同様に、その象徴性は難解である。例えば、ローマ軍団兵を踏み潰すハンニバルの戦象の巨大な彫像や、地上に座り頭上に作物を入れた器を載せた豊穣の女神ケレースの像などである。
園内の碑に"sol per sfogare il Core"(ただ心を解き放つために)と刻まれているように、数々の彫刻はいかなる計画性もなく無作為に並べられているように見える。彫刻には、アンニーバレ・カロ、クリストフォロ・マドルッツォらによるイタリア語の暗示的な詩が刻まれているが、風化が進んで読みづらくなっているものもある。
庭園の配置とデザインの意図はほとんど不明である。リアンヌ・ルフェーヴルは、これらは15世紀末の小説『ヒュプネロトマキア・ポリフィリ』の内容を説明するものではないかと考えている[4]。あるいは、近隣のルネサンス庭園であるヴィラ・ファルネーゼやヴィラ・ランテの完璧な対称性と配置との対比を意図したものかもしれない。
出口の門の隣には、傾いて建てられた建物「傾いた家」(Casa Pendente(カーサ・ペンデンテ))がある。
彫刻
- ペガサスの噴水
- 2体のセイレーン。おそらくプルートーの妻のプロセルピナ
- 口を大きく開けたオルクス。上唇には"OGNI PENSIERO VOLA"(全ての思考が飛ぶ)と刻まれている。口の中には入ることができ、音響効果により、中にいる人のどんな小さなささやき声でも、外ではっきり聞くことができる。美術史家のルーク・モーガンはこの彫刻を「地獄の口」と呼び、人がこの中で食事をすることで、食べる側が同時に食べられる側でもあるという効果を生み出していたと指摘している。この二重性は、16世紀のイタリア庭園における「怪物」を象徴するものである。「地獄の口」は全身像の一部しか残っておらず、それ故にグロテスクである[5]。
- クジラ
- 2頭のクマ
- ライオンに襲われるドラゴン
- オルシーニの武器を持つプローテウス
- ローマ軍団兵を踏み潰すハンニバルの戦象
- ケルベロス
- 翼を持つ女性を載せたカメ
- 劇場
- 人間を引き裂く巨人
- 壁龕に立つトリートーン
- 座った姿と立った姿の2体のケレース
- 眠るニンフ
- アプロディーテー
- 巨大な果物、円錐、水盤
建造物
- 「傾いた家」 - ヴィチーノ・オルシーニ夫妻の友人クリストフォロ・マドルッツォ枢機卿に捧げられた建物。
- 聖堂 - 庭園の最上部に位置する、ジュリア・ファルネーゼに捧げられた聖堂。古典様式、ルネサンス様式、エトルリア様式が混在している。現在は、20世紀に庭園を修復したジョヴァンニ・ベッティーニ夫妻の廟となっている。