作詞作曲はハワード・グリーンフィールドとニール・セダカ。本作品は元々はリトル・アンソニー&ジ・インペリアルズのために書かれた。アルドン・ミュージックのアル・ネヴィンスとドン・カーシュナーは、リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズをエンド・レコードのプロデューサーのジョージ・ゴールドナーに紹介し、彼らのレコーディングがまずは行われた。しかし送られたデモ・テープの出来にがっかりしたセダカは自ら吹き込むことを決断する[2]。
リトル・アンソニー&ジ・インペリアルズもセダカも共に1958年にシングルA面曲として発表した。セダカにとってはRCAビクターと契約後の最初のシングルとなった。
1959年2月7日付のビルボード・Hot 100で14位を記録した[3]。