恩智川
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流域の自治体
歴史
数千年前の昔からほぼ現在の位置に沿って流れていたといわれている。現在の大東市域には「深野池」という大きな池が存在し、恩智川はその池に注いでいた。西にある長瀬川と玉串川はかつては大和川の本流であり深野池や新開池を潤していた。
宝永元年(1704年)の大和川の付け替えによって、深野池は無くなり、川床の一部に恩智川の流路が設けられ、住道付近で北河内地区からの寝屋川と合流するようになった。そういった経緯から、大東市付近は土地が低く、大雨が降ると生駒山地からの雨水や土砂が集中して流入し、たびたび洪水を引き起こしていた。(寝屋川の頁も参照のこと。)
かつては恩智川も川幅が狭く、山からの土砂が堆積しやすく、川床が浅くなり、流域でたびたび洪水を引き起こした。近年では1973年(昭和48年)に流域が広範囲にわたって浸水した。このため、1973年(昭和48年)から4年ほどかけて恩智川の治水工事が行なわれた。川幅は大幅に拡張され、川床は掘り下げられ、川岸は護岸され、先に開削された第二寝屋川とあわせて流水能力は大幅に向上した。その後さらに第二寝屋川分岐部の東に「恩智川治水緑地」が整備された。普段は緑地公園として、大幅な増水時は一時的に貯水する調整池としての機能を有している。