惑星ピスタチオ
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小道具などを一切使わず、パントマイムと膨大な説明科白を駆使して場面描写や登場人物の心情を表現する「パワーマイム」と呼ばれる手法、そして一人多人数役を次々に切り替えながら多くの役をこなす「スイッチプレイ」など独特の演出法を用いて、宇宙から降り立つ巨大ロボット、数万人の武士による合戦、バクテリアと戦う白血球のミクロの世界、宇宙空間での戦闘シーン、生身の体による音速走行のデッドヒート、 異国のサーカス、のどかな田園風景を走る列車まで、ありとあらゆる表現をパワーマイムと一人多人数役で行った。
座長の腹筋曰く、「惑星ピスタチオ」は「よく言えばストイック、悪く言えばすごく縛りのキツイ劇団」であった。芝居や稽古が終わった後は頭も体も疲れ果てて皆で酒を飲みに行くこともなく[1]、また、観客との距離の取り方もわかっておらず、本番が終わった後の出待ちも禁止していたという[2]。
惑星ピスタチオの活動期間は11年と決して長くはなかったものの、演劇活動に携わる者たちには大きな影響を与えた。例えば演劇ユニット「TEAM NACS」のメンバーは、当時北海道のテレビ局でも放映されていた惑星ピスタチオの公演放送をビデオで録画し、何度も観ては研究したり、東京公演で買った土産の「ピスタチオ・キャップ」を5人揃って被ったりするほどの大ファンであった[3]。NACSのメンバーの大泉洋と音尾琢真は、映画『アフタースクール』で所属俳優であった佐々木蔵之介と共演した際にそのことをカミングアウトし、さらには佐々木の忘れていた台詞まで披露するなどコアなファンぶりに佐々木を驚かせた[3]。
来歴
所属していた俳優
- 腹筋善之介(1989年〜2000年/現在「IQ5000」主宰、「Piper」所属)
- 西田シャトナー(1989年〜2000年/現在「西田シャトナー演劇研究所」主宰)
- 保村大和(1989年〜2000年)
- 宇田尚純(1992年〜2000年)
- 福岡ゆみこ(1992年〜2000年)
- 末満健一(1996年〜2000年/現在ワタナベエンターテインメント所属)
- 佐々木蔵之介(1990年〜1998年/現在ケイファクトリー所属)
- 平和堂ミラノ(1989年〜1998年/2003年6月20日、脳内出血のため急逝)
- 遠坂百合子(1990年〜1998年/現在演劇ユニット「リリーエアライン」主宰)
- いちいりえ(1990年〜1998年)
- 新井弘和(1990年〜1991年)
- 岩峰ハヤタ(1992年〜1993年)
- 鎌田香織(1990年〜1993年)
- 高橋俊博(1991年〜1996年)
- 地上チカ(1991年〜1994年)
- 内藤ハルカ(1992年〜1994年)
- 吉久直志(1995年〜1996年/劇団「カプセル兵団」主宰)