皇學館大学の前身・神宮皇學館は、1939年に神道と国体の調査研究を行う神道研究室を設置する計画を立てた。また、神道研究に基づいた修養講習の開催を目指した。
伊勢神宮の付近に精神修養のための道場建設を目指していた貝島炭礦社長の貝島太市は、伊勢の倉田山(伊勢市神田久志本町)に遥拝殿、講堂、食堂、潔斎所、宿舎などを備えた複合施設「惟神道場」を建設した。完成後は神宮に献納し、神宮皇學館の附属施設として運営された[1]。
道場には神職や公務員、教員、青年団などが全国から集まり、禊をはじめ古典、神道などの講習を受講した。昭和20年(1945)の宇治山田市空襲によりほとんどの建物が焼失した。唯一残存した一棟は伊勢神宮(内宮)に移築され、現在も饗膳所として用いられている。
戦後、跡地はお伊勢大博覧会(1954年)会場の一部などとして使われたこともあったが、1962年に皇學館大学が再興すると、地面が2.5mほど掘り下げられて校舎(旧1号館)が建設された。現在は、芝生広場、駐輪場、クラブハウスなどが建っており、往時の様子を伝えるのは石製の門柱のみである。