愛宕神社 (前橋市)

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所在地 群馬県前橋市住吉町2丁目5-22
位置 北緯36度23分45.3秒 東経139度04分15.2秒 / 北緯36.395917度 東経139.070889度 / 36.395917; 139.070889
主祭神 火産霊命
愛宕神社
所在地 群馬県前橋市住吉町2丁目5-22
位置 北緯36度23分45.3秒 東経139度04分15.2秒 / 北緯36.395917度 東経139.070889度 / 36.395917; 139.070889
主祭神 火産霊命
社格 村社
創建 不詳
例祭 前橋まつりと同日
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愛宕神社(あたごじんじゃ)は、群馬県前橋市住吉町2丁目にある神社愛宕信仰)。旧社格は村社[1]

歴史

創建年は不詳[2]前橋城の北東の方角にあり、城の鬼門除けに祀られたとされる[3]

1945年(昭和20年)8月5日、前橋空襲によって社殿が焼失したが[4]、御神体などは付近の土蔵に避難させていたため焼失を免れた。8月19日以降には前橋市の各神社で臨時奉幣祭を行って戦争の終結を奉告しており、8月21日には愛宕神社でも奉幣祭が行われた[5]。境内社の松尾神社は焼失を免れたため、戦後には松尾神社の社殿を愛宕神社の跡地に移して社殿とした[6]。1977年(昭和52年)10月社殿が再建された。

境内

  • 社殿
  • 鳥居
  • 石燈籠 - 文政3年(1820年)建立の一対の石燈籠。有力者の名前が刻まれている[1]
  • 「柳座」跡地 - 芝居小屋の柳座があったことを示す説明看板。

柳座(愛宕座)

かつて愛宕神社の西側には柳座(愛宕座)という芝居小屋があった[7]

1888年(明治21年)8月に愛宕座株式会社として設立され、1898年(明治31年)には敷島座株式会社が所有者となったが、1902年(明治35年)には野中倉吉らの所有となり、後に野中倉吉の単独所有となった[8]。敷地は1300坪、建物は約180坪。野中倉吉は柳座という名称で経営し、やがて倉吉の子である野中康弘が経営者となった[8]初代中村鴈治郎六代目尾上菊五郎初代喜多村緑郎松井須磨子豊竹呂昇松旭斎天勝らが来演した[8]。1943年(昭和18年)7月14日、火災で類焼して焼失した[8]

祭礼

本来の例祭日は、春は3月24日、秋は9月24日である。2019年(令和元年)時点で、秋の例祭は前橋まつりと同日に執り行われている[1]

脚注

参考文献

外部リンク

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