慰問婦
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日本人看護婦の減少
赤十字の活動
いわゆる慰安婦との混同
引き揚げ者の証言では、ダンサーホールやカフェの酌婦を「慰問婦」と表現[9]したものがある。ソ連兵の性暴力を抑制することが目的であるが性接待に言及はない。 また朝鮮半島北部で1945年発足の日本人世話会[10]によれば「ソ軍慰安のため」「満洲航空の藤井母子(僅かに露語を解す)」他6、7名のダンスができる婦人が「貞操問題に無関係という保障が出来ぬ」対応をしたという[11]が、露語とダンスが条件であり酌婦としての活動が主で、こちらも性接待の慰安婦との言及はない。 大連赤十字病院では、ソ連兵から傷病兵慰問婦(看護婦)の貞操を守るため看護婦になりすまして「性処理」を提供した公娼がいたことを元院長が証言している[12]。
一般に慰安施設は娯楽(映画、演芸、ダンス、飲食)のため運営[1]されており、そこで働く職業婦人の実態は様々であった。 近年の「人道に対する罪」「戦時性暴力」への関心の高さから、「慰安婦」を広く性的奉仕を強いられた女性とする[13]論もある中、実態を混同して受け止められやすいことは先の通りで、医療従事婦人「慰問婦」の存在が「女性の戦時救護活動」の一つとして認知される状況にはない。