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慰安所規則

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慰安所規則(いあんじょきそく)は、大日本帝国軍(以下、日本軍という)が国内の法律に基づき、植民地(外地)に慰安所を設置し、運営および利用するために制定した規則である[要出典][注釈 1]

刑法娼妓取締規則に基づき、慰安所の設置や運営に関する規則が制定された[要出典]。設置や運営に関する規則は政監部で制定し、利用規則は部隊ごとに制定された。慰安所は、女性を募集し、契約の上で、主に軍人を相手にする売春婦として雇用した。慰安所の利用態様を「女性の性奴隷化」と評する主張も存在するが、根拠に乏しい主張とされている[誰?]

背景

1937年7月、日中戦争が勃発し戦線が拡大。1938年以降日本軍はこの慰安所規則に基づき占領地および戦闘地域に設置された慰安所を監督し、利用した。

日本の認可売春制度

性病感染防止と公序良俗を目的とした認可売春制度は、日本本土では1900年に、台湾では1906年に、朝鮮では1916年に制定されて、それぞれの地域社会に定着した。認可売春宿は「貸座敷」、認可売春婦は「娼妓」と呼ばれ、両者の申請手続き、認可条件、遵守事項などが規定された。「芸妓」および「酌婦」も娼妓の認可を受けることにより、料理店(ただし、宿泊は不許可)での売春稼業が認められた。表1は、朝鮮半島における1939年[1]および1942年[2]の認可売春稼業主[注釈 2]、稼業婦、仲介業者の人数である。1939年末と比較して1942年末には、雇用主は249名および稼業婦は1,191名減少、一方仲介業者は157名増えている。

表1 朝鮮総督府警察取締営業:認可売春業
項目19391942
総数内地人朝鮮人その他総数内地人朝鮮人その他
料理屋1,8335971,154821,6165151,00794
芸妓置屋3432141290289209800
貸座敷539235303146912192500
芸妓8,3482,2266,12206,2871,7974,4900
娼妓3,7121,8451,86613,8501,7742,0760
酌婦1,7963511,14501,6162401,3760
仲介業3,5771973,38003,7321943,5370

認可売春婦の性病感染率は4~6%で、3者に有意な差はなく、遊郭数は29だった[3]

表2 朝鮮総督府衛生:娼妓芸妓酌婦健康診断
西暦年 全検査数有病率(%)遊郭数
娼妓 芸妓 酌婦 娼妓 芸妓 酌婦
1933144,54778,69667,2275.84.04.327
1934144,14483,51271,6455.63.44.628
1935163,87085,98873,0885.34.24.928
1936179,91197,54789,0354.94.14.529
1937182,237112,13988,0864.94.24.730
1938176,736109,37779,5634.33.64.329
1939182,568109,88978,2624.35.23.929
1940221,182110,15676,1114.33.95.929

慰安所規則

慰安所の設置および運営規則は軍総司令部または政監部で、利用規則は慰安所が設置された部隊ごとに制定された。前者は、設置・営業許可権限者、慰安所営業者の資格、慰安婦の雇用条件、従業員の定期健康診断の実施、営業者および従業員の遵守事項などを規定。後者は、慰安所の経営(売上高、月毎収支表、月毎営業者・慰安婦間の貸借対照表などの確認)、規律(規則違反の取り締まり)および衛生(健康診断の実施、衛生状況の見回り・指導など)を監督する責任者の指名、営業時間および休日、部隊毎利用曜日、利用時間および料金、支払い方法、利用者・営業者・慰安婦の遵守事項を規定。規律責任者(憲兵隊長)は慰安所も含め毎月軍事警察報告書[注釈 3]を作成し、憲兵隊本部に提出。憲兵隊本部司令官は月報に纏め、軍総司令官を経て軍最上部に報告。軍は、これら情報を共有した。

規則制定者

慰安所規則は、設置および運営、ならびに利用に大別される。前者は、軍総司令官[注釈 4]が、後者は慰安所が設置された部隊長が制定した。

設置および運営

設置および運営に関する規則は、「貸座敷娼妓取締規則」[7]に準拠した。この取締規則は、内地、朝鮮半島および台湾別に制定されたが、娼妓の許可年齢(内地:18歳、朝鮮半島:17歳、台湾16歳)を除けば、内容は同じである。

内容

この規則は、慰安所営業者の資格、営業の許可権限者(1.営業の許可、禁止、停止 2.営業の譲渡および営業所の移転の許可 3.稼業婦の就業および就業者の変更の許可 4.営業者および稼業者の廃業の許可)、定期的健康診断の実施(一般従業員は月1回、稼業婦は週1回)、営業者および従業員に対する遵守規則、稼業婦の稼業許可証の携帯などを規定している。

許可権限者

慰安所の設置および運営に関わる許認可権限者は、設置される地域の行政状況で異なる。地方行政組織が確立している地域では地方行政長官(例:シンガポール・マレー半島)、領事館がある地域では領事館警察署長(例:上海)そして領事館がない前線では軍総司令官による任命者(例:マニラ地区)が、権限者だった。

慰安所営業者の資格

経営者の資格は、マニラ軍では認可売春業[注釈 5]に経験のある邦人[注釈 6]、馬来軍では邦人に限定と規定。支那派遣軍による設置に関する規則は見当たらないが、陸軍省は慰安所の設置や慰安婦の募集に任ずる者の人選においては、派遣軍で統制してこれら人物を選定するよう指示した[8]

営業申請および許可

営業者自らまたは軍からの要請に基づき、慰安所営業者は慰安所の開設が予定されている地域の許可権限者に開設を申請して許可を得る。申請内容は、「貸座敷娼妓取締規則」第1条に規定されている。

  1. 本籍、住所、氏名、生年月日
  2. 屋号あるときは屋号
  3. 営業所の位置
  4. 前項の願書には、営業用建物の間取り、階段、料理場、浴場、厠、汚水排除の設備等の位置を示した平面図を添付すること。(以下略)

許可条件は、位置が許可者の指定した地域にあること、第4条に規定されている営業用建物の構造要件を満たしていること。軍からの要請による時は、2 - 4項目は不要。

マニラ地区規則では様式を定め、1以外に、事業計画書(記載事項:資本金(円)、共同経営者の有無、部屋数、位置、慰安婦の氏名(内地人、台湾人またはフィリッピン人の記載)、従業員採用予定日)、宣誓書(記載内容:規則を遵守し、妨害行為は一切せず、軍の都合で営業の一時停止または廃業することに同意する)の提出を定めている。

慰安婦の雇用

雇用手続きと許可

娼妓稼業をするための許可を受ける手続きは、「貸座敷娼妓取締規則」第16条に、許可条件は第17条に規定されている。

第16条 娼妓稼を為さんとする者は、本籍、住所、氏名、妓名、生年月日および稼業場所を記載し、かつ貸座敷営業者の連署した申請書に下記の書面を添付し、自ら出頭し警察署長に願い出て許可を受けること。

  1. 父の承諾書、父知れざるとき、死亡したとき、家を去ったとき、もしくは親権を行うことができないときは、家に居る母の承諾書、不在のときは母の承諾書、母も死亡したとき、家を去ったとき、もしくは親権を行うことができないときは、未成年者では後見人、成年では戸主もしくは扶養義務者の承諾書、または承諾書を与える者がいないことを説明した書面
  2. 前号に掲げた承諾者の印鑑証明書
  3. 戸籍謄本
  4. 娼妓稼業および前借金に関する契約書写し
  5. 経歴および娼妓をする理由を記載した書面
  6. 警察署長が指定した医師または医生の健康診断書

前項第1号の承諾については、継父は後見人と見なす。
第17条 以下の各号の1に該当する場合は、娼妓稼業は許可されない。

  1. 17歳未満の者
  2. 伝染病疾患のある者
  3. 前項第1号に記載の者の承諾がないとき、または承諾を与える者がいないことの説明がないとき
  4. 娼妓稼業または前借金に関する契約が不当と認められるとき

日本軍の要請を受けて慰安婦を日本国内で雇用する場合、慰安婦を為さんとする者は慰安所の設置地域を所管する領事館警察署長に願い出て許可を受ける必要がある。領事館警察署は、慰安婦を募集する者に対し、領事館発給の事由を記載した身分証明書を携帯させた[9]。雇用される慰安婦が居住する警察署長は、領事館警察署長からの依頼を受け、中国大陸または東南アジアへ渡航するに必要な身分証明書を発給した。

内地

1937年8月、外務省は不良分子の中国大陸への渡航を防止するため、「日本内地および各植民地より渡航する日本人(朝鮮人および台湾籍民を含む)に対しては当分の間居住地所轄警察署長が身分証明書を発給。身分証明書を所持しない者は中国への乗船を認めない」と通達[10]1938年2月15日、内務省は売春稼業を目的とした婦女の中国への渡航者が増加していることを踏まえ、「売春を目的とする婦女の渡航は、現在内地において娼妓その他の売春業を営み満21歳以上でかつ性病などの伝染性疾患がない者で、北支、中支へ向かう者に限り認め、身分証明書を発給。売春稼業を目的に渡航する婦女は、① 本人自ら警察署に出頭し身分証明書の発給を申請する、② 同一戸籍にある最近尊属親、尊属親なきときは戸主の承認を得ること、もし承認を与える者なきときはその事実を明らかにすること、③ 身分証明書を発給するときは、稼業契約その他各般の事項を調査し婦女売買または略取誘拐等の事実なきよう特に留意すること」などと通達した[11]。したがって、内地での内地人慰安婦の雇用はすでに売春稼業に従事し、かつ21歳以上に限定された。

朝鮮、台湾および現地人

1937年8月の外務省通達は、朝鮮および台湾にも適用された。ただし、日本政府は1927年に、満21歳以下の売春稼業を禁じた「婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約」に批准していたが、他国と同様に植民地である台湾および朝鮮、そして関東租借地への適用は除外していた。したがって、身分証明書の発給、即ち慰安婦雇用の年齢制限は、朝鮮では満17歳以上、台湾では満16歳以上だった。中国人の年齢は、日本軍が占領地での公娼取締規定を定め、16歳以上とした[12]

慰安婦の契約

雇用契約

日本における娼妓の雇用は前借金方式で、雇用主(貸座敷主)と娼妓の間では、前借金返済に関する「金銭消費貸借証書」と契約条件を定めた「娼妓雇用契約書」の2つが締結された[13]。前者は、前借金額、返却期限、利息などを定め、雇用主と借金返済連帯保証人が署名。後者は、契約(雇用)期間、前借金額、売上高分配(雇用主と娼妓)、費用負担(食費、座敷備品、稼業に起因する治療費は雇用主、衣類ほか日常品、一般疾病による治療費は娼妓)などが定められ、両親、本人および雇用主が署名した。

契約内容例

契約内容の詳細は、馬来軍政監部軍政規定集(別冊)芸妓、酌婦雇用契約規則に記載されている[14]。1937年12月、群馬県で慰安婦を募集したときの契約条件を以下に示す[15]

  • 契約期間: 2年[注釈 7]
  • 前借金額: 500円より1,000円。ただし、前借金の内2割を控除し見付金および乗込費に充当する[注釈 8]
  • 前借金返済方法:年限完了と同時に消滅する。即ち年期中病気休業しても年限満了と共に即時前借金は完済する[注釈 9]
  • 利息: 年期中はなし。途中廃業の場合は、残金に対し月一歩(1割)
  • 違約金: 一ヵ年内は前借金額の1割
  • 年期途中廃業の場合: 日割り計算とする
  • 帰還旅費負担: 年期終了後は抱え主負担
  • 本人所得: 稼高の1割を本人所得とし、毎月支給する
  • 年期終了後の慰労金: 本人稼高に対し応分の慰労金を支給する
  • 費用負担: 衣類、寝具、食料、入浴料、医薬費は抱え主負担とする

運営

慰安所の運営においては、慰安所営業者および慰安婦は、「貸座敷娼妓取締規則」に定める義務および遵守事項に従った。

営業者の義務および遵守事項

営業者の義務事項は、第10条(毎月娼妓毎に貸借計算書を作成し捺印)、第12条(従業員を雇用または解雇したときの通知)などに、遵守事項は第7条に規定されている。

第7条 貸座敷営業者は、下記の各号を遵守すべし

  1. 客室の入口には、番号または符号を掲示すること
  2. 燈火に石油を用いるときは、金属製の油壷を用いること
  3. 客室、料理場、浴場、洗浄所およびトイレ等を清潔に保つこと
  4. 防臭剤を備え、臭気が発生する場所に時々散布すること
  5. 客用寝具は、体に接触する部分を清潔な白布で覆うこと
  6. 客に供する飲食器は、清潔なものを用いること
  7. 客が求めない飲食物を供し、または不当な料金を請求しないこと
  8. 客が求めない場合に、芸妓(妓生を含む)、娼妓を侍らせないこと
  9. 通行人に対し、遊興を勧誘しないこと
  10. 学校生徒であることを知り、これを遊興させないこと
  11. 客に面会を求める者がいるときは、理由なくこれを拒絶し、またはその取次を断ってはいけない
  12. 客の承諾なしに、濫りに他人を客室に入れてはならない
  13. 伝染性疾患があるものを客に侍らしめ、または飲食物、飲食器もしくは寝具の取扱いをさせてはならない
  14. 娼妓の意志に反して契約の変更、または抱え主である貸座敷営業者の変換を強制してはならない
  15. 疾病中または第18条の期間内に就業させ、その他娼妓を虐待してはならない
  16. 娼妓に、濫りに出費させないこと
  17. 濫りに、娼妓の契約、廃業、通信、面接を妨げ、または他人がこれらを妨げてはならない

慰安婦の義務および遵守事項

慰安婦の義務および遵守事項は、以下の通りである。

第18条 妊娠6カ月以後出産後2ヶ月以内の期間は、娼妓稼業をすることはできない。
第21条 娼妓は貸座敷外で居住または宿泊することはできない。
第22条 娼妓は、以下の各号を順守のこと

  1. 就業中、許可証および健康診断書を携帯のこと
  2. 通行人に対し、遊興の勧誘をしないこと
  3. 客席において、舞踊をしたり音曲を演奏しないこと

第23条 娼妓は、定期または臨時に健康診断を受けること。

利用

現存する利用規則は、中華人民共和国で6件、フィリピンで6件、ミャンマー(ビルマ)で1件[注釈 10]、オーストラリア領ニューブリテン島1件、英領アンダマン島1件の合計15件[17]である。規則は、経営、規律および衛生の監督ならびに実施責任者の指名、営業時間および休日、部隊ごと利用時間割、階級別利用時間および料金、支払い方法、利用者、営業者および慰安婦の遵守規則などから構成されている。

監督および実施責任者の指名

経営では経理将校、規律では憲兵隊長、衛生では部隊付き軍医が指名された。経営責任者は、営業者から毎月収支計算書および慰安婦との貸借計算書を提出させ、チケット支払い代金の清算、経理内容、慰安婦への支払い、料金の適正さ等を確認。規律責任者は、利用者、営業者および慰安婦による規則違反を取り締まり、取締結果を毎月憲兵隊本部に報告。規則違反者は、その都度部隊長により処罰された。衛生責任者は、慰安所内の衛生設備および衛生状況を見回り、不良個所を是正し、従業者の定期健康診断を実施した。

営業時間および休日

営業時間および休日は、一律ではなく、地域ごとに異なる。開店時間は午前8 - 12時、閉店時間は24時、翌日午前6時または8時と分散している。休日は、記載がある場所では月1、または2日である。

部隊毎週間時間割

利用者が分散するよう、部隊ごとに利用可能な曜日を指定した。

利用時間および料金

利用時間および料金は、一律に階級を3区分(兵、下士官、将校)し、その区分ごとに定められた。

利用時間

区分時間は、時間当たりの利用者数が均一化するよう定められた。例えば當陽慰安所の場合は、兵:10時から17時、下士官:17時から22時、将校:22時から翌日6時まで。宿泊は、一律に将校のみに許可された。

料金

料金は、一般に1時間単位だったが、地域により利用者数を考慮して、兵・下士官では30分、40分および1時間単位の料金が定められた。料金は一般に邦人は同一料金だったが、地域によっては民族名別に料金が定められた。例えば、料金は、上海では邦人と中国人別、常州では内地人、朝鮮人および中国人別、フィリッピンでは邦人とフィリッピン人別、オーストラリア領ブリテン島ラバウルでは内地人と朝鮮人別だった。この料金差も、利用者数の平均化を反映したものである。

表2 慰安所料金(中国)
場所常州 葛店・華容鎮當陽上海 斗門広東 
設定時期 1938年3月1939年11月1940年10月 1942年7月 1944年1994年5月
利用時間
兵  900-18001000-1800 1000-17001000-15001200-1800930-1530
下士官 900-18001900-21001700-2200 1610-18401200-夕点呼1600-2000 
将校 1900以降2200以降 1900以降指定せず2030以降
料 金 (円)
民族名 内地人朝鮮人中国人内地人朝鮮人中国人中国人中国人 
30分  ---1.001.001.501.501.00-6.00
1時間 2.001.501.00-2.002.002.001.508.009.00
下士官30分 ---1.201.201.501.501.00-9.00
1時間 2.001.501.00-2.402.502.502.0010.0011.00
将校1時間 4.003.002.003.003.003.003.002.5015.0017.00
22時以降 -----15.0015.0010.00--
24時以降 ----10.0010.0010.007.0040.0040.00
表3 慰安所料金(東南アジア)
場所イロイロブツアンマニラマンダレーミッチーナマニラ航空隊ラバウル 
設定時期 1942年12月1942年6月1943年2月 1943年5月1943年8月1944年8月不明
利用時間
900-16001300-1700 1000-21001000-17001000-17001200-1700800-1800
下士官 1600-19001700-21001000-2100 1700-21001700-21001200-1900 
将校 1900-24002100-24002100-2400 2100-24002100-24001930-2400
-2400-08002400-08002400-08002400--2200-0600
料金(円)
民族名 邦人比人内地人朝鮮人 
30分 1.001.00--1.5020-30分/1.50-2.001.50
40分 --2.001.50--1.50--
1時間 -2.00-----3.503.00
下士官30分 1.501.50---30-40分/2.00-2.502.00
40分 --3.002.502.00-2.50--
1時間 -2.00-----4.003.50
将校30分 -3.00---30-40分/5.00---
40分 ---------
50分 ----3.00-5.00--
1時間 3.004.005.004.00-----
24時以降 -8.0010.008.008.0010.00-10.0010.00

料金の適正さは毎月経営監督者により確認され、経営状況を勘案して変更された。中国では1944年以降物価が急上昇し、慰安所料金も急上昇した。

支払い方法

料金の支払い方法は、慰安所での現金払い、軍の発行したチケットを提示し現金払い、および軍が料金を予め徴集して発行するチケットの3つの方法が用いられた。チケット方式の目的は、時間当たり利用者の平均を図るため。呂兵団では、慰安婦一日当たり、兵2名、下士官・将校各1名を発行の目安とした[18]

遵守すべき事項

利用者、営業者および慰安婦の遵守すべき事項は、以下の通りである。慰安所内での主な違反行為は、飲酒酩酊による帳場や慰安婦への殴打や器物破損だった。このため、飲酒酩酊者の立ち入りは厳しく禁じられた。また、慰安所設置の主な目的は性病感染防止であり、コンドーム利用と性交後の局部洗浄が徹底された。

利用者

  1. 酒気帯者は立ち入り禁止
  2. 酒、飲食物の持ち込み禁止
  3. 利用時間の厳守
  4. 慰安所内での喧噪禁止
  5. 営業者、慰安婦およびその他従業者への粗暴な行為は禁止
  6. サックの使用および性交後の洗浄を厳守
  7. その他
  8. 諸規則違反者は利用禁止

営業者

  1. 日本軍軍人軍属以外は、接客厳禁
  2. 営業時間の厳守
  3. 料金および利用時間の明示
  4. 酒肴、飲食物の販売禁止
  5. 慰安婦健康診断不合格の場合は、部屋入口に表示し、接客禁止
  6. 性交後の洗浄設備の取り付けおよび洗浄薬品の維持
  7. 毎月売上報告書、収支計算書、貸借計算書等の報告
  8. その他
  9. 諸規定に違反した場合は営業停止または廃業

慰安婦

  1. 稼業許可証と健康診断書の携帯
  2. 酒肴、飲食物の接待禁止
  3. 定期健康診断の受診
  4. 健康診断不合格の場合は、稼業禁止
  5. 許可された場所以外への外出は禁止
  6. その他
  7. 諸規定に違反した場合は、稼業禁止または解雇

軍事警察報告

慰安所の規律監督者は、慰安所内の取締結果を他の軍紀および刑法違反と合わせて、毎月憲兵隊本部に報告。憲兵隊司令官は所管する全部隊の取締結果を月報に纏め、総司令官を経て軍最上部[注釈 11]に報告し[19]、軍はこれら情報を共有した。

慰安婦に対する犯罪および非行

1941年7月から1942年4月にかけての9か月間で中支那地区の慰安所で発生した慰安婦に対する犯罪件数は窃盗の1件、非行件数は22件で、その主な原因は飲酒酩酊によるものだった。

軍事警察報告書に添付されている慰安婦に対する軍人軍属の犯罪表および非行表を、表4に示す。1941年7月から1942年4月にかけての9か月間で、中支那地区(南京、蘇州、上海、広州、泰縣、九江、漢口、徐州)の慰安所で発生した慰安婦に対する犯罪件数は腕時計と金銭を窃盗した1件、非行件数は22件で、その原因は主に飲酒酩酊によるものだった。

表4 慰安婦への犯罪・非行表(中国:中支那地域)
報告年月犯罪非行出典
件数内容件数内容
1941年7月01慰安婦と口論。抜剣し脅迫言動 C07091972800
1飲酒酩酊の上土足で慰安婦室を歩き、夜具などを窓外へ投擲
1作業中慰安所に立ち寄り、慰安婦に態度が悪いと暴行
2飲酒酩酊の上慰安所へ行き、酩酊の理由で慰安婦に遊興を拒絶され殴打
1無断外出し飲酒酩酊の上慰安所へ行き、慰安婦を暴行
1941年8月1慰安婦から腕時計と金銭を窃盗1慰安所で馴染み慰安婦不在のため、憤慨し同女の衣服を切り裂くC07091990800
1慰安所へ行き遊興しようとするが慰安婦に拒絶され、憤慨し暴行
1941年10月01飲酒酩酊し、慰安所で慰安婦を暴行C07092110200
1941年11月01飲酒酩酊の上慰安所へ行き、花券を購入しないで登楼したので慰安婦が断ると殴打暴行C07092194900
1武昌へ出張中慰安所へ行き、慰安婦が休業中故断ると激高し、外へ引っ張り出し殴打
1941年12月01飲酒酩酊の上慰安所へ行き、慰安婦が休業中を理由に接客を断ると激高し、殴打暴行C07092201600
1飲酒酩酊に上慰安所へ行き、慰安婦2名を暴行
1飲酒酩酊の上慰安所へ行き、帳場に借金を申し込むが断られ、同室に居た慰安婦共に暴行
1941年1月 00C07092221400
1942年2月01飲酒酩酊の上登楼し慰安婦と対談中、戦友に時計と財布を預けたことを忘れ、慰安婦に窃盗されたと勘違いし慰安婦を詰問C07092221400
1飲酒酩酊して慰安所に登楼し、抜剣して板壁を破損し、慰安婦らを面罵
1飲酒酩酊して慰安所に登楼し、慰安婦を殴打
1942年3月01慰安所で遊興後戯れに、安全装置がかかっていると信じ拳銃の引き金を引いたところ、慰安婦の右下腿部に当たり全治1か月のケガを与えるC07092227000
1飲酒酩酊の上慰安所へ行き、慰安所に宿泊しようとしたが慰安婦に拒絶され、憤慨し殴打暴行
1飲酒酩酊の上慰安所へ行き、慰安婦を殴打
1942年4月01飲酒酩酊の上慰安所へ行き、遊興後サービスが悪いと慰安婦を殴打C07092232000
1慰安所で慰安婦を殴打、器物を破損
合計 122

(注1) 発行者:支那派遣軍総司令官畑俊六
(注2) 出典: アジア歴史資料センター:リファレンスコード

慰安所規則に関する論争

注釈

出典

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