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慶運寺裏古墳

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所在地 奈良県桜井市箸中
位置 北緯34度32分23.40秒 東経135度50分46.53秒 / 北緯34.5398333度 東経135.8462583度 / 34.5398333; 135.8462583座標: 北緯34度32分23.40秒 東経135度50分46.53秒 / 北緯34.5398333度 東経135.8462583度 / 34.5398333; 135.8462583
形状 円墳
規模 直径13m
慶運寺裏古墳

概観(左奥に石室開口部、右に慶運寺本堂)
所在地 奈良県桜井市箸中
位置 北緯34度32分23.40秒 東経135度50分46.53秒 / 北緯34.5398333度 東経135.8462583度 / 34.5398333; 135.8462583座標: 北緯34度32分23.40秒 東経135度50分46.53秒 / 北緯34.5398333度 東経135.8462583度 / 34.5398333; 135.8462583
形状 円墳
規模 直径13m
埋葬施設 両袖式横穴式石室
築造時期 6世紀後半-末
史跡 なし
地図
慶運寺裏古墳の位置(奈良県内)
慶運寺裏古墳
慶運寺裏
古墳
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300 m
.
慶運寺裏古墳
古墳の位置

慶運寺裏古墳(けいうんじうらこふん)は、奈良県桜井市箸中にある古墳。形状は円墳。史跡指定はされていない。

奈良盆地南東部、箸墓古墳から東の位置に築造された古墳である。ホケノ山古墳の東側に所在し、現在は慶運寺の境内に含まれて本堂裏手に位置する。発掘調査は実施されていない。

墳形は円形で、直径約13メートル程度と推測される[1]。埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、南方向に開口する。石室内の副葬品は詳らかでない[1]。

築造時期は、古墳時代後期の6世紀後半-末頃と推定される[1]。ホケノ山古墳では墳丘を再利用した横穴式石室が知られるほか、周辺では中小古墳が点在し、慶運寺境内には阿蘇溶結凝灰岩(阿蘇ピンク石)製の刳抜式石棺(7世紀中頃か)の棺身を再利用した石棺仏が立つなど[1]、後期古墳が点在する地域と推測される。

埋葬施設

石室俯瞰図

埋葬施設としては両袖式横穴式石室が構築されており、南方向に開口する。石室の規模は次の通り[1]。

  • 石室全長:4.3メートル以上。
  • 玄室:長さ約3.5メートル、幅約1.7メートル、高さ約2メートル以上

羨道は玄門部を除いて失われている[1]。

脚注

参考文献

関連文献

外部リンク

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