憲俊
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| けんしゅん 憲俊 | |
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名古屋おもてなし武将隊・信長姿の憲俊(2010年) | |
| 本名 | 梅林憲太(うめばやし けんた)[1] |
| 生年月日 | 1978年12月2日(47歳) |
| 出生地 | 愛知県名古屋市東区[2] |
| 国籍 |
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| 身長 | 172 cm |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | 俳優、タレント |
| ジャンル | 舞台、映画、テレビドラマなど |
| 活動期間 | 1998年 - 現在 |
| 主な作品 | |
| 『名古屋おもてなし武将隊』(織田信長) | |
憲俊(けんしゅん、1978年12月2日 - )は、日本の俳優、タレント。愛知県名古屋市出身[3]。身長172 cm、体重62 Kg、血液型O型[3]。芸名は自身の祖父の名前から一字採ったものという[2]。2023年6月株式会社フォワード所属。
1996年、高校を卒業した頃、当時の人気番組「ボキャブラ天国」に感化されお笑い芸人になると決意[4]。東京に行くという大願のためアルバイト漬けの生活を送る。
1998年、当時の相方に「芝居が下手」と言われたことに腹を立て、某劇団のオーディションに挑戦し、「勢いだけで特待生」として入団。芝居の楽しさに触れる。入団直後、相方とけんか別れをしたこともあり、「自分には芝居しかない」と決めつけ、役者になることを決意。
2000年、タレントオフィスともだちに所属[3][5]。この事務所で深山義夫と出会い師事する。
2003年、当時コンビを組んでいた福井博章と上京を決意。しかし、「愛・地球博」瀬戸日本館で公演された『群読 叙事詩劇・一粒の種』で共にメイン役を勝ち取った[4]ため、上京を延期。この舞台がきっかけで福井博章は東京の事務所からスカウトをされるが、上京後も付き合いが深く、同じアパートの隣同士に住むこととなる。上京直後、「愛・地球博」の時の振付師・謝珠栄から声をかけられてTSミュージカルファンデーションの舞台『ミス再婚』で代役を務め[6]、同年上演された『AKURO』にも出演した[7]。また、『ミス再婚』に出演していた香寿たつきの計らいで、年末に上演された『コリオレイナス』(蜷川カンパニー)で御付きをする。
同時期に名古屋時代の先輩の紹介で同郷である近藤芳正と出会い、近藤の劇団・ダンダンブエノによる2006年の舞台『トリデ〜砦〜』に代役で参加、以降はドラマや映画の現場に同行するなどした[8]。この舞台で坂井真紀と出会い、後に付き人となる。
2009年、東京で演劇活動をしていた時に全国初のおもてなし武将隊として創設された名古屋おもてなし武将隊のオーディションに挑戦し、織田信長役に選ばれる。役だけに留まらず、演出や殺陣、脚本も手掛け、2012年3月の卒業まで活動。
2011年、リーダーとして演劇ユニット「SCANP」を立ち上げる。
2012年、全国の武将隊から選抜されたおもてなし武将隊JAPANの一員として東日本大震災チャリティーソングを歌った[9]。同隊での活動は、2015年4月の活動休止に伴い終了[9][10]。
名古屋おもてなし武将隊を卒業後は名古屋テレビの『ドデスカ!』や[11]東海テレビの『ぷれサタ!』において[12]リポーターを務める一方、地元のケーブルテレビ局・スターキャットの情報番組『まちバル』において、演劇ユニット「SCANP」として2013年3月までMCを担当[13]。
2013年、小牧山城築城450年記念事業で小牧市の観光大使として委嘱された[14]。10月には名古屋のタレント事務所「セントラルジャパン」に所属し、一部マネジメントを委託した[15][16]。
2018年、名古屋のタレント事務所「セントラルジャパン」を退所。
2019年4月、名古屋市議会議員選挙熱田区選挙区に地域政党減税日本の公認候補として出馬(届け出名は、芸名である「憲俊」)したが、定数2名に対し立候補者4名中の3位にとどまり、落選[17][18]。
2023年5月、株式会社フォワードと専属契約。