我入道
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河川
歴史

江戸時代には我入道村は駿河国駿東郡に属した[5]。江戸初期は天領、後に沼津藩領となる[5]。『元禄郷帳』による村高は37石余、『天保郷帳』・『旧高旧領取調帳』による村高はともに40石余[5]。助郷については享保年間・天保年間に東海道沼津宿の臨時の助郷である当分増助郷村に指定された記録が残る[5]。江戸時代は山畑は僅かであり、村の主たる産業は漁業であった[5]。明治元年(1868年)には駿府藩領(翌年には静岡藩と改称)、明治4年(1872年)には静岡県に属した[5]。1889年(明治22年)の町村制施行に伴い我入道村は下香貫村・上香貫村・善太夫新田と合併、楊原村の大字となった[5]。1922年(大正12年)には楊原村の沼津町との合併及び市制施行により沼津市の大字となった[5]。かつては軍人・大山巌の別荘があった。また作家・芹沢光治良の生誕地としても知られ、これを記念した沼津市芹沢光治良記念館・詩碑が残されている[5]。
沿革
世帯数と人口
小・中学校の学区
交通
鉄道
地内に鉄道は引かれていない。
