Wikiwand AI

戦時大臣

From Wikipedia, the free encyclopedia

戦時大臣[1](せんじだいじん、英語: Secretary at War、陸軍長官[2]、陸軍事務長官[3]、陸軍戦時大臣[4]とも)は、イングランド王国、グレートブリテン王国、そしてグレートブリテン及びアイルランド連合王国の官職。陸軍の行政と組織に権限と責任を有し、戦争省を統括するが、軍事政策を定める権限はなかった。1794年以降はたびたび閣僚になったものの、国務大臣より下の大臣とされる。1855年に陸軍大臣と合併した後、1863年に廃止された[5]。

1724年から1730年までの戦時大臣ヘンリー・ペラム

戦時大臣(1661年 – 1854年)

1809年から1828年までの戦時大臣第3代パーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプル。トマス・ヒーフィー(英語版)作、1802年。

特記がない限り、1730年から1760年までの在任者の出典は[6]、1760年から1830年までの在任者の出典は[7]、1830年から1854年までの在任者の出典は[5]。

さらに見る 画像, 名前 ...
画像 名前在任期間
エドワード・ウォーカー(英語版)1642年[8]/1644年[9]
サー・ウィリアム・クラーク(英語版)1661年 – 1666年[10]
マシュー・ロック(英語版)1666年 – 1683年[9]
ウィリアム・ブラスウェイト(英語版)1683年 – 1689年1月/2月[11]
ジョン・テンプル1689年4月[注釈 1]
ウィリアム・ブラスウェイト(英語版)1689年5月 – 1692年[9]/1704年[11]
ジョージ・クラーク1692年 – 1704年[6][9][12]
ヘンリー・シンジョン1704年 – 1708年[13]
ロバート・ウォルポール1708年2月 – 1710年9月[14]
ジョージ・グランヴィル1710年 – 1712年[15]
サー・ウィリアム・ウィンダム準男爵1712年 – 1713年[16]
フランシス・グウィン(英語版)1713年 – 1714年9月[17]
ウィリアム・パルトニー1714年 – 1717年[18]
ジェームズ・クラッグス1717年 – 1718年[19]
第2代キャッスルカマー子爵クリストファー・ワンズフォード(英語版)1718年3月[注釈 2]
ロバート・プリングル1718年5月18日 – 12月24日[21]
ジョージ・トレビー(英語版)1718年 – 1724年[22]
ヘンリー・ペラム1724年 – 1730年[23]
サー・ウィリアム・ストリックランド準男爵1730年 – 1735年
サー・ウィリアム・ヤング準男爵(英語版)1735年 – 1746年
ヘンリー・フォックス1746年 – 1755年
第2代バリントン子爵ウィリアム・バリントン1755年 – 1761年
チャールズ・タウンゼンド1761年 – 1762年
ウェルボア・エリス1762年 – 1765年
第2代バリントン子爵ウィリアム・バリントン1765年 – 1778年
チャールズ・ジェンキンソン(英語版)1778年 – 1782年
トマス・タウンゼンド1782年3月 – 7月[24]
サー・ジョージ・ヤング準男爵(英語版)1782年 – 1783年
リチャード・フィッツパトリック(英語版)1783年
サー・ジョージ・ヤング準男爵(英語版)1783年 – 1794年
ウィリアム・ウィンダム1794年 – 1801年
チャールズ・フィリップ・ヨーク(英語版)1801年 – 1803年
チャールズ・ブラッグ(英語版)1803年 – 1804年
ウィリアム・ダンダス(英語版)1804年 – 1806年
リチャード・フィッツパトリック(英語版)1806年 – 1807年
サー・ジェームズ・マレー・パルトニー準男爵(英語版)1807年 – 1809年
グランヴィル・ルーソン=ゴア卿1809年
第3代パーマストン子爵ヘンリー・ジョン・テンプル1809年 – 1828年
サー・ヘンリー・ハーディング1828年 – 1830年
フランシス・ルーソン=ゴア卿(英語版)1830年[25]
チャールズ・ウィリアムズ=ウィン(英語版)1830年 – 1831年
サー・ヘンリー・パーネル準男爵(英語版)1831年 – 1832年
サー・ジョン・ホブハウス準男爵(英語版)1832年 – 1833年
エドワード・エリス(英語版)1833年 – 1834年
ジョン・チャールズ・ヘリーズ(英語版)1834年 – 1835年
ホーウィック子爵ヘンリー・グレイ1835年 – 1839年
トーマス・バビントン・マコーリー1839年 – 1841年
サー・ヘンリー・ハーディング1841年 – 1844年
サー・トマス・フリーマントル準男爵(英語版)1844年 – 1845年
シドニー・ハーバート1845年 – 1846年
フォックス・モール1846年 – 1852年
ロバート・ヴァーノン・スミス(英語版)1852年
ウィリアム・ベレスフォード(英語版)1852年
シドニー・ハーバート1852年 – 1854年
閉じる

注釈

  1. 初代準男爵サー・ウィリアム・テンプルの息子で、任命直後に自殺した[11]。
  2. 1718年3月に任命の発表があったが、実際には任命されなかった[20]。

出典

Related Articles

Timelines

Top Qs

Fact Checks