弘化3年(1846年)、千葉県士族の家に生まれる。戸塚正一は、長崎でシーボルトに医学を学んだ戸塚静海の兄である戸塚竹窓の孫にあたる。高松凌雲の紹介により、石川桜所に学んだ。幕末期には振遠隊として活動した。
明治4年、石坂保篤・張秀則らとともに一等軍医副(陸軍中尉)に任じられ、明治6年頃に軍医へ昇進した。明治7年には正七位に叙された。その後、熊本鎮台病院第二課長兼歩兵第13連隊医官となる。
明治10年の西南戦争では、熊本鎮台軍医部長心得として従軍し功績を挙げた。戦後の明治11年6月22日、勲五等に叙せられた。明治12年頃には教導団に在勤し、明治13年頃、歩兵第6連隊医官兼名古屋鎮台往診課長に転じ、明治15年には歩兵第11連隊医官兼広島鎮台往診課長に異動した。
明治17年頃、二等軍医正に任じられ、従六位に叙される。同年11月13日、勲四等に進む。明治18年5月26日、近衛歩兵第1連隊医官兼東京陸軍病院出仕となった。明治21年頃、歩兵第17連隊医官となり、明治24年11月12日、一等軍医正に進み予備役に編入された。
日清戦争では留守第二師団軍医部長を命じられ、明治36年12月1日に退役。明治37年9月12日、遠州掛川町において病没した。
妻・せきとともに、静岡県掛川市の真如寺に葬られている。