戸沢一隆 From Wikipedia, the free encyclopedia 戸沢 一隆(とざわ かずたか、1907年1月 - 没年不明)は、プロ野球球団阪神タイガースの元球団社長。兵庫県神戸市楠町(現・中央区)出身[1]。 兵庫県立神戸第二中学校を経て、神戸高等商業学校を卒業し、1929年に阪神電気鉄道に入社した[2]。 神戸二中時代からテニスに親しみ、神戸高商時代も続いた[1]。入社は、甲子園付近にテニスコートを設置する事業を計画した阪神電気鉄道が、「庭球経験者を求む」という求人票を出してそれに応じた結果だったという[1]。 入社後は主に会計分野の仕事を手がけた[1]。その間、二度応召している[1]。 1956年から球団代表を務め[2]、オーナーの野田誠三の要請で藤村排斥事件の解決に当たる[1]。野球には「門外漢」だった戸沢は野田からの球団代表指名を断ったが、説得に折れての就任だった[1]。1960年に球団社長に就任[1]。1962年と1964年の二度、タイガースはリーグ優勝を達成し、監督の藤本定義と抱き合って喜んだという[1]。 1974年に成績不振により、金田正泰監督の辞任とともに、球団代表を辞任した[3]。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 6 7 8 9 13陽会 戸沢一隆氏 - 武陽野球倶楽部(神戸二中・兵庫高校野球部同窓会) 1 2 1956年11月16日 読売新聞 朝刊 4頁 ↑ 読売新聞1974年10月15日朝刊17頁 先代 阪神タイガース社長1960年 - 1974年 次代長田睦夫 Related Articles