戸沢民十郎

日本の政治家 (1878-1952) From Wikipedia, the free encyclopedia

戸沢 民十郎(とざわ たみじゅうろう、1878年明治11年〉5月20日[1]1952年昭和27年〉9月23日[2][3])は、衆議院議員憲政会立憲民政党)、司法参与官弁護士

生年月日 1878年5月20日
没年月日 (1952-09-23) 1952年9月23日(74歳没)
出身校 東京帝国大学法科大学独法科卒業
概要 生年月日, 出生地 ...
戸沢民十郎
とざわ たみじゅうろう
生年月日 1878年5月20日
出生地 日本の旗 日本 香川県小豆郡安田村
(現・小豆島町)
没年月日 (1952-09-23) 1952年9月23日(74歳没)
出身校 東京帝国大学法科大学独法科卒業
前職 弁護士
所属政党憲政会→)
立憲民政党→)
自由党
選挙区 (香川県第3区→)
香川県第1区
当選回数 5回
在任期間 1924年5月 - 1937年3月31日
在任期間 1918年 - 不明
在任期間 1914年 - 不明
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経歴

香川県小豆郡安田村(現在の小豆島町)生まれ[4]1909年(明治42年)、東京帝国大学法科大学独法科を卒業し、高松市で弁護士事務所を開業した[1]1914年大正3年)、高松市会議員に当選[1]1918年(大正7年)、香川県会議員に当選した[1]。その後、東京市で弁護士事務所を開いた[1]

1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、5回連続当選を果たした[2]。その間、第2次若槻内閣で司法参与官を務めた。

また南満洲太興合名会社の理事となり、同社の子会社の天図鉄道公司の総弁に就任した[2][5]。その他に図們鉄道会社監査役も務めた[6]

1952年(昭和27年)9月22日、小豆郡内海町(現在の小豆島町)の公民館で玉置実の応援演説直後に、脳溢血を発症して倒れ、翌日死去した[3]。この時は自由党香川県支部長を務めていた[3]

脚注

参考文献

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