戸沢民十郎
日本の政治家 (1878-1952)
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経歴
香川県小豆郡安田村(現在の小豆島町)生まれ[4]。1909年(明治42年)、東京帝国大学法科大学独法科を卒業し、高松市で弁護士事務所を開業した[1]。1914年(大正3年)、高松市会議員に当選[1]。1918年(大正7年)、香川県会議員に当選した[1]。その後、東京市で弁護士事務所を開いた[1]。
1924年(大正13年)、第15回衆議院議員総選挙に出馬し、当選。以後、5回連続当選を果たした[2]。その間、第2次若槻内閣で司法参与官を務めた。
また南満洲太興合名会社の理事となり、同社の子会社の天図鉄道公司の総弁に就任した[2][5]。その他に図們鉄道会社監査役も務めた[6]。
1952年(昭和27年)9月22日、小豆郡内海町(現在の小豆島町)の公民館で玉置実の応援演説直後に、脳溢血を発症して倒れ、翌日死去した[3]。この時は自由党香川県支部長を務めていた[3]。