戸田弥生
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生い立ち
4歳からヴァイオリンを習い始める。地元福井市の福井市六条小学校に通いながら、中学校も福井市の福井市足羽第一中学校に通ったが、1983年(昭和58年)に単身で上京して堀米ゆず子宅に下宿しながら、桐朋女子高等学校音楽科に入学し江藤俊哉に師事した。 1986年(昭和61年)、桐朋学園大学に進学。
欧米留学
1992年(平成4年),アムステルダムのスウェーリンク音楽院に留学し、ヘルマン・クレバースに師事した。1995年(平成7年)、オランダの作曲家トリスタン・ケウリスからヴァイオリン協奏曲第2番を献呈され、アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と初演を行った。
1996年(平成8年)、ジュリアード音楽院から「ディレイ・スカラーシップ」を得て同音楽院に1年間留学し、ドロシー・ディレイに師事。同年、ヤング・コンサート・アーティスツ国際オーディションで優勝。1997年(平成9年),ニューヨークでリサイタルを開き、ニューヨークデビューを果たした。
留学後
ジュリアード留学後、日本とアムステルダムを拠点としながら、演奏活動を行う。1999年(平成11年)4月、ミラノにてアレクサンドル・ラビノヴィッチ・バラコフスキー(英語: Alexandre Rabinovitch-Barakovsky)のヴァイオリン協奏曲を初演。同年10月、日本フィルハーモニー交響楽団のオランダ・ツアーにソリストとして同行し、ブラームスの二重協奏曲を共演。同年12月にはカーネギー・リサイタルホールにおいて、「Yayoi and friends」として室内楽を中心としたリサイタルを開催した。
2000年(平成12年)、ハーグ・レジデンティ管弦楽団と共演し、オランダ、日本で演奏会を行った。また、このころ、小野グループから1694年製ストラディヴァリウス「スギチェリ」を貸与された。
2001年(平成13年)以降、毎年ふくしま国際音楽祭に招かれリサイタルを行っている。また、同年、結成間もないマレーシア・フィルハーモニー管弦楽団に招かれ、ソリストとしてアジアツアー[注釈 1]を行ったほかピアニストのフランク・ブラレイとリサイタルを行い、2002年(平成14年)にはピアニストのアブデル・ラーマン・エル=バシャとリサイタルを行った。
2003年(平成15年)3月に長男を出産。2005年(平成18年)、エリザベート王妃国際音楽コンクールと日本音楽コンクールにおいて、ヴァイオリン部門の審査員を務めた。同年、ストラディヴァリウスの貸与期間が満了を迎え、その後、上野製薬から1740年製ピエトロ・グァルネリの貸与を受けた。2005年(平成17年)12月に長女を出産。
2006年(平成18年)から2010年(平成22年)まで同志社女子大学音楽学部非常勤講師、2008年(平成20年)から2009年(平成21年)まで京都市立芸術大学音楽学部非常勤講師、2013年(平成25年)から桐朋学園大学音楽学部ヴァイオリン科非常勤講師に就任。
受賞歴
- 1979年(昭和54年) - 第33回・全日本学生音楽コンクール全国大会小学生の部第1位[1]
- 1985年(昭和60年) - 第54回・日本音楽コンクール第1位
- 1986年(昭和61年) - 日本国際音楽コンクール第3位
- 1988年(昭和63年) - 第1回・淡路島国際室内楽コンクールプロ部門第1位
- 1988年(昭和63年) - モントリオール国際コンクール第6位
- 1993年(平成5年) - エリザベート王妃国際音楽コンクール第1位[2]
- 1994年(平成6年) - 第4回・出光音楽賞
- 1996年(平成8年) - ヤング・コンサート・アーティスツ国際オーディション優勝