房総沖地震
房総半島東方沖を震源とする地震の総称
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概要
主な地震
慶長地震
1605年2月3日(慶長9年12月16日)にマグニチュード (M) 8前後の慶長地震が発生した。震源については諸説あり、大森房吉は房総沖としているが、今村明恒は東海・南海道沖(南海トラフ)としている[2]。地震動による被害は少なく津波による被害の記録が多く残る。
延宝房総沖地震
1677年11月4日(延宝5年10月9日)に発生した地震。地震の規模はM8.0[3]。「延宝地震」とも呼ばれる。
揺れは顕著でなかったが、千葉県、茨城県、福島県の沿岸部に大津波が襲来した[4]。被害は流潰家1893軒、死者数569人とされる[5]ほか、陸前、紀伊、八丈島、青ヶ島にも津波記録が残っている[6]。今村明恒の研究によれば、震央は磐城沖の東経141.5°北緯36.6°付近としているが、武者金吉は東経141.7°北緯37.0°付近としている[7]。
1909年房総沖地震
1953年房総沖地震
1953年(昭和28年)11月26日2時49分に発生した地震。震源の位置は、北緯34度9分24秒 東経141度24分12秒、規模はM7.4[3] (Mw 7.9)。銚子付近で2-3mの津波を観測。この地震により、現行の「大津波警報」に相当する「津波警報(オオツナミ)」が気象庁より初めて発表された[9][10]。
この地震に先行し茨城県南西部から千葉県中部にかけての地域では地震活動の低下が生じ、震源の周辺でも5年前の1948年頃から地震活動の低下が生じていた[11]。
地震調査研究推進本部はこの地震はプレート内の正断層型の地震[12]としている。
1984年房総半島南東沖
1984年(昭和59年)9月19日2時3分頃、房総半島南東約200km沖合の海溝三重点付近で発生したM6.6の地震。南関東を中心に広範囲で有感となり、館山、三宅島、八丈島で震度4を観測した。
その他
2021年9月2日、西暦800年〜1300年頃のものと思われる津波堆積物が新たに九十九里浜沖で発見された。上述の地震以外の未知の巨大地震によるものと思われ、マグニチュードは8.5前後と推測される。津波堆積物は海岸から3.5kmほど内陸まで到達していたという[13] [14]。
