仙台藩領亘理支藩(現在の宮城県亘理郡亘理町)出身。亘理伊達家家臣の手代木順造の長男。幼名は虎一郎だった。亘理伊達家の北海道移住にともない、1871年(明治4年)に15歳で渡道する[1][2]。開拓に従事しながら1885年(明治18年)7月に有珠郡各村戸長役場用係に雇用される。[3]
有珠郡各村、苫小牧外六か村、虻田、礼文、弁辺などで戸長を務め、虻田村、伊達村、苫小牧村、恵庭村の村長を歴任した。
1906年(明治39年)、勲七等青色桐葉章を受章した。
甥に衆議院議員を務めた手代木隆吉、孫に俳人の手代木啞々子(茂守)がいる。