手品師 白血球

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本名 小宮 拓郎[1]
別名義 TAKUROCK
生年月日 1974年11月14日
国籍 日本
手品師 白血球
本名 小宮 拓郎[1]
別名義 TAKUROCK
生年月日 1974年11月14日
国籍 日本
出身地 名古屋市
血液型 B型
身長 170cm
言語 日本語
芸風 手品漫談
活動時期 1995年 -
同期 品川庄司ハチミツ二郎
現在の代表番組 RED BEAT HEART
タクマ・神野のどーゆーふー
過去の代表番組 小宮拓郎の笑うあんしんラジオ
スマイルケア名古屋 Brilliant Time
作品 https://linkco.re/td69uaXY
他の活動 スマイルファクトリーグループ 会長
一般社団法人 スマイルケア名古屋 理事長
株式会社あいSMILE
株式会社白血球Office
訪問介護ステーション彩
エンタメ型老人ホームスマイルハウス今池
高齢者専門レーベル スマイルファクトリーレコード
公式サイト https://smilefactory.jp
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手品師白血球(てじなしはっけきゅう、1974年11月14日 - )は、日本手品師タレントお笑い芸人。プロ熱波師、音楽アーテイスト。芸名として手品師白血球の名で活動してきたほか、音楽活動においては**TAKUROCK(タクロック)**名義を用いている。本名:小宮 拓郎(こみやたくろう)。一般社団法人スマイルケア名古屋理事長[2]。スマイルファクトリーグループ代表。愛知県名古屋市出身。

愛知県名古屋市で生まれる。音楽でプロになる為ギター1本と現金30万円を手に20歳で上京するも、上京初日にキャッチにあい30万円をぼったくられた上にギターまで取られ一文なしになる。[3]

マギー審司などと歌舞伎町でストリートマジックの活動を行う。しかし、生活はままならず一時期新宿の公園でテント生活をしていた。

一念発起しNSC東京へ入学。同期には品川庄司品川祐東京ダイナマイトハチミツ二郎がいる。

卒業後、個人事務所タイムテーブルに所属。テレビ番組のリサーチャーの仕事をしながら芸人活動を行う。(夜はホストクラブなどでマジック営業)

30歳で彼女が白血病になる。芸人を辞めて名古屋に戻り家業に入る。

40歳の時に祖母が認知症になる。その時の経験をきっかけに介護に目覚める。[4]

老人ホームでマジックを行うボランティア活動を開始[5](約200施設回る)

札幌の老人ホーム紹介センターに勤める。その後、名古屋に戻り一般社団法人スマイルケア名古屋を立ち上げる。

ラジオ、テレビ、雑誌、書籍などの仕事の依頼が増え、老人ホーム以外でのイベント仕事が増えはじめたのはこの頃。

YouTube『スマちゃんTV』スタート。ザブングル加藤と「ガチンコカイゴクラブ」という企画を行う。

Dr.コパの番組に出演したのをきっかけにオフィスコパに所属。

ドクターコパの長男、作家の小林照弘に見出され、手品師白血球をモデルにした小説の構想が始まる。

ラジオと舞台、老人ホームでのボランティアを主戦場に名古屋で活動[6]

最後の晩笑と称して寿命僅かな高齢者に会いに行き人生最後の笑いを届ける活動なども行なっている。

スマイルケア名古屋では老人ホームの紹介や老後の困りごと相談、独り身の高齢者の為の身元保証サービスのほか、2021年12月からはスマイルケア名古屋をグループ化し直営の介護施設運営などを開始。

経歴

1995年

吉本総合芸能学院(東京NSC一期生) 卒業

1996年〜

手品師 白血球として活動

2016年~

介護施設入居相談員として札幌の会社に勤務

2018年~

高齢者住まいアドバイザー検定合格

2019年~

FM局でラジオパーソナリティとして介護系番組「小宮拓郎の笑うあんしんラジオ」放送開始

2020年~

一般社団法人スマイルケア名古屋設立

FM-AICHI「スマイルケア名古屋Brilliant Time 」スタート

2021年

覚悟の瞬間出演

おむすび名古屋版創刊

スマちゃんTVスタート

2022年

「手品師白血球のすべらない酒場」名古屋市南区にオープン(7月1日)

千種区今池に人生の後半を大爆笑しながら楽しく暮らすエンタメ特化型老人ホーム「スマイルハウス今池」をオープンした。施設では、レクリエーションの一環として仲の良い芸人を招き、漫才やコントを披露[7]

また、一般の方を施設の食堂に招き、入居する高齢のお婆さんがお酒や身の上相談などで接待する「ガールズ婆」サービスを開始し、各業界の社長や著名人が足繁く通うようになった。

身元保証人がいなくても入居でき、生活保護で行き場がない方も積極的に受け入れる方針を採用。その結果、30室ある居室は常に満床となり、2024年にはスマイルハウス別館の開設に至った。

2023年

生活保護者や身寄りのいない高齢者を受け入れる施設「スマイルハウス今池」を開設

東海ラジオパラダイス」にて老後、介護の困りごとを解決するアドバイザーとして出演

ミスッタチルドレン 小桜井こぶとり名義でミスチル熱波

ダイノジ大谷氏と全国各地で様々な音楽イベント、トークライブ、サウナイベントなどに参加

妻の熱波師aikoが中川警察署にて1日警察署長を委嘱

2023年、手品師白血球の活動は大きく拡大

老人ホームでの取り組みに加え、児童養護施設や小学校などでも慰問という形でお笑いライブを数多くこなすようになった。

白血球は自身を「慰問芸人」と名乗り始め、その活動の幅を広げていった。

「笑いの少ない場所、笑いが足りない場所にこそ笑いを届けられる芸人でありたい」という思いを掲げ、社会福祉施設や教育機関など、従来お笑いが届きにくかった場所への活動を精力的に展開。

この取り組みは、お笑いを通じた社会貢献の新たな形として注目を集めた。(令和5・6年度 - 七尾市立小丸山小学校)

2024年

能登半島地震で被災した石川県能登地方の避難所を慰問

2024年元旦に発生した能登半島地震において、白血球は名古屋市の公式派遣として芸能界では最も早く被災地入りを果たした。1月から4月にかけて、避難所や被災した子どもたちが通う小学校などでお笑いを披露しながら、自ら炊き出しやボランティア活動にも従事した。[8]

この活動については、名古屋市議会議員・横井利明が公式サイト上で言及している[9]ほか、各テレビ局で報道され、中日新聞の一面にも取り上げられるなど、大きな注目を集めた。

しかし、一方でこの行動が売名行為ではないかという批判的な意見も浮上した。メディアでの露出増加と相まって、白血球の真意や活動の適切性について議論が巻き起こることとなった。

この出来事は、災害時における芸能人の支援活動の在り方について、社会に新たな問いを投げかける結果となった。

Mr.Childrenの桜井和寿氏との面会が実現

2024年1月、白血球にとって長年の夢が実現した。吉本時代の一期先輩であるダイノジ大谷の紹介により、30年来の憧れであったMr.Childrenの桜井和寿氏との面会が実現。

この機会に白血球は、自身が定期的にライブハウスで披露している桜井氏のものまね芸を本人の前で演じた。そのものまね芸は、桜井氏のMC風の漫談を白血球が行った後、弾き語りで桜井氏の歌を完全コピーするというものだった。

この場で白血球は桜井本人から、このものまね芸に対する公認を得ることができた。この出来事は、白血球の長年の努力と情熱が実を結んだ瞬間となり、彼のキャリアにおいて重要な転機となった。

仏教に深い関心を持つように

2024年1月25日、白血球の母の他界をきっかけに、彼は仏教に深い関心を持つようになった。

その後、岡崎市にある長光寺で僧侶になるための修行を開始する。同時期、能登半島地震の被災地では、ペットと共に避難所に入れない高齢者が車中泊中に凍死するという悲惨な事故が発生。

これを受けて行政が、ペットを保健所に預け、飼い主のみが避難所に入るよう指示を出したことで、多くの被災者が愛するペットと別れを強いられる事態となった。この状況を目の当たりにした白血球は、僧侶としての新たな使命を見出す。[10]

人間と同様に動物にも読経を行い、極楽浄土へ送ることで、あの世での飼い主とペットの再会を可能にしたいという思いから、動物の供養も扱える僧侶になることを決意した。この決断は、彼の個人的な喪失体験と、災害時のペット問題という社会的課題が交差する中で生まれた、独自の社会貢献の形を示している。

貧乏生活時代から抱き続けてきた夢の一つを実現させた

2024年7月、白血球は20代の貧乏生活時代から抱き続けてきた夢の一つを実現させた。豪邸建設に着手したのである。

この自宅は、白血球の成功と個性を反映した多彩な設備を備えている。7SLDKの広々とした居住空間に加え、愛犬のためのドッグラン、8人用のサウナ、創作活動のためのレコーディングスタジオ、そして屋上にはBBQテラスを設置。

これらの贅沢な設備は、彼の多方面にわたる興味と、エンターテイナーとしての生活スタイルを象徴している。この豪邸の建設は、白血球の若い頃の苦労と、それを乗り越えて成功を収めた現在の姿を如実に物語っている。同時に、この住宅は彼の将来の活動や交流の拠点としても機能することが期待される。

新たな定期イベント「MAJI-WARI」を主催

2024年8月、白血球は新たな定期イベント「MAJI-WARI」を主催。

このイベントは、お笑いと教育、そして交流を融合させた独自のコンセプトで、千種区今池のライブハウスを舞台に偶数月の第一日曜日に開催される。「MAJI-WARI」は、白血球のこれまでの経験や活動を集約したような企画であり、エンターテインメントを通じた社会貢献や教育的要素を盛り込んだ内容となっている。[11]

注目すべきは、アシスタントMCとして名古屋のタレント山浦ひさしが起用されたことだ。山浦は白血球と芸歴が同期で年齢も同じという、まさに二人三脚で進行するにふさわしい人選となっている。この新しいイベントは、白血球の芸人としての才能と、社会貢献への意欲が融合した新たな挑戦として、地域の文化シーンに新風を吹き込むことが期待されている。

活動休止と転機

2024年末、SNSを通じて「手品師白血球」として活動休止を発表した。

その後、2025年は表立った芸能活動を控え、音楽活動および事業構想に注力した。

2025

音楽活動(TAKUROCK)活動開始

2025年11月、親しい関係者のみを招いたシークレットライブを開催し、ミュージシャン「TAKUROCK」名義で音楽活動を開始することを発表した。

デビュー曲として「GO TO NOW」をリリースし、音楽配信サービスを通じて配信を開始した。


ラジオ「RED BEAT HEART-Heart FM」の放送を開始 

名古屋の企業・団体などを元気づける企画やPR紹介が行われ、ゲストを招いたトークやメッセージ募集・リクエストを通じて地元を盛り上げる。初回ゲストとして名古屋市議会議員・横井利明がゲスト出演。

また、本番組は、リスナーとの双方向性を重視したリスナー参加型トークコミュニティー番組である。最大の特徴として、パーソナリティのTAKUROCKが、放送中にリアルタイムで公式LINEオープンチャット[12]にてコミュニティに参加する形式を採用している。

従来のラジオ放送とは異なり、出演者がリスナーと同じチャット空間で直接交流を図ることで、放送内容とコミュニティの反応を連動させる「新感覚のトークコミュニティ」としての形態を提示している。

ホームセンターバロー公式アンバサダーに就任

2025年12月より、バローグループが展開する商業施設「ホームセンターバロー」の公式アンバサダーに就任。店舗でのトークショーやイベント出典を行うほか、介護事業の促進に関わる取り組みにも携わり、イベントの企画や啓発活動に関する提案を行っている。店内で流れるバローにテーマソング「ハローバロー」をTAKUROCK名義で楽曲提供。[13]

ディスコグラフィ

シングル
タイトル 発売日
1st GO TO NOW 2025年11月14日
2nd ヒカゲノニワ 2025年11月14日
3rd LIFE FOR ME 2026年3月1日
4th REVOLVER 2026年4月7日
5th ONE DAY 2026年4月7日

ストリーミング

出演

脚注

外部リンク

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