手島里華
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てじま りか 手島 里華 | |
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| プロフィール | |
| 出身地 |
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| 国籍 |
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| 生年月日 | 1972年5月29日(53歳) |
| 血液型 | AB |
| 最終学歴 | 立教大学文学部心理学科 |
| 職歴 |
ニッポン放送(1995年 - 1997年5月) TOKYO FM(1997年6月 - 2006年6月) J-WAVE(2006年9月 - 2013年6月) |
| 活動期間 | 1995年 - |
| ジャンル | 報道、バラエティ |
| 配偶者 | 有[1] |
| 担当番組・活動 | |
| 出演中 |
LA Morning Sweet Digs LA |
| 出演経歴 |
ひがのりおのみんなのラジオ!日曜版 toto〜calcio da J LEAGUE SoCal Japan |
手島 里華(てじま りか、1972年5月29日 - )は、ジャーナリスト、フリーアナウンサー。元ニッポン放送、TOKYO FM、J-WAVEのアナウンサー。
東京都出身。立教大学文学部心理学科に進学。在学時は放送研究会に所属にしており、研究会の同期にはラジオ福島のアナウンサーである小川栄一がいる。また、コミュニティFM局でニュース読みのアルバイトをしていた[2]。
1995年3月、同大卒業後の同年4月、ニッポン放送に入社。同期は、現:ナレーターで同じく同局アナウンサーであった山岡和美。入社以後、『トヨタ 飛び出せ街かど天気予報』のリポーターとしてバラエティ番組にも出演し、朝の情報番組では報道取材を行なっていた。しかし、手島は元来報道に拘りたい想いを抱いており、同局編成局報道部所属で報道専従では無く、編成部アナウンサー室所属であるためバラエティ等の仕事に耐性が無く、1997年5月末付にてニッポン放送を退職し、同年TOKYO FMに移籍[3]。報道・情報センター所属となり、朝の情報番組や報道取材を担当。2005年5月30日に放送された報道特別番組『ザ・ライン〜僕たちの境界線」』にナレーターとして出演し、第1回日本放送文化大賞ラジオ準グランプリ受賞[4]。
しかし、2006年6月末付でTOKYO FMを退職[5]し、同年9月、同業他局であるJ-WAVEに再度移籍。J-WAVEでは開局以来、専属のアナウンサーがおらず、ニュースなどのアナウンス業務はすべてプロダクション所属のフリーアナウンサーが担っていた事などから手島はプロデューサー職として入局したものの、その実績からアナウンス業務も行っていた。2007年4月、プロデューサー職から正式に同局初の局所属のアナウンサーとなった。なお、J-WAVEでは手島以外に専属アナウンサーの採用を2022年現在も行っていないため、手島が同局で唯一の専属アナウンサーとなっていた。
育休中の2011年から夫の仕事都合でカリフォルニア州ロサンゼルスに移住。2013年6月末付で、J-WAVEを退職[1]。フリーアナウンサーとして同年10月より日系テレビ局UTBのキャスターを務め、「ジャーナリスト」としてロサンゼルス情報を発信しており、番組によっては日本の放送局の番組にも出演している。