打穴村 From Wikipedia, the free encyclopedia 廃止日 1955年1月1日廃止理由 新設合併久米郡加美町、打穴村、大垪和村、三保村→中央町現在の自治体 美咲町国 日本うたのそん打穴村廃止日 1955年1月1日廃止理由 新設合併久米郡加美町、打穴村、大垪和村、三保村→中央町現在の自治体 美咲町廃止時点のデータ国 日本地方 中国地方(山陽地方)都道府県 岡山県郡 久米郡市町村コード なし(導入前に廃止)隣接自治体 久米郡加美町、久米南町、大垪和村、倭文村、三保村打穴村役場所在地 岡山県久米郡打穴村旧・打穴村役場庁舎位置(現・美咲町公民館打穴分館)座標 北緯34度59分14秒 東経133度55分39秒 / 北緯34.98722度 東経133.92739度 / 34.98722; 133.92739座標: 北緯34度59分14秒 東経133度55分39秒 / 北緯34.98722度 東経133.92739度 / 34.98722; 133.92739ウィキプロジェクトテンプレートを表示 打穴村(うたのそん)は、岡山県久米郡にあった村。現在の久米郡美咲町打穴上、打穴北、打穴里、打穴西に当たる。 1889年6月1日 - 町村制施行に伴い、久米北条郡打穴上村、上打穴北村、上打穴里村、打穴西村が合併し、打穴村となる。大字上打穴里に役場を置く。 1900年4月1日 - 久米北条郡が久米南条郡と合併し、久米郡となる。 1955年1月1日 - 久米郡加美町、三保村、大垪和村と合併、久米郡中央町となる。 地名の読み方 打穴上(うたのかみ) 打穴北(うたのきた) 打穴里(うたのさと) 打穴西(うたのにし) 上打穴北(かみうたのきた) 上打穴里(かみうたのさと) 交通 村内を走る鉄道およびその駅はなく、また村内を走る高速道路や国道はない。 主要地方道 岡山県道70号久米建部線 河川 打穴川 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事 二上温泉 神社 磐柄神社 興津神社 榊葉神社 白山神社 宮代神社 その他 中央町誕生に伴い、大字上打穴北は打穴北、大字上打穴里は打穴里となった。 現在の美咲町の打穴下、打穴中は本来、下打穴下、下打穴中であるが、これらも中央町誕生によって変わった地名である。そのため、打穴西の南に打穴北があるなど、地名から考えられる位置関係が一部不自然になっている。 打穴のつく地名の内、打穴西と打穴上のみそのままである。 浜田藩の飛び地であったため、幕末に藩主の松平武聰らが長州藩の攻撃より逃れた際、藩士やその家族が打穴村に身を寄せ定住した[1]。 脚注 ↑ 本田増次郎自叙伝「ある日本人コスモポリタンの物語」長谷川勝政、本田増次郎Web記念館 参考文献 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。 記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2017年6月) 和泉橋警察署 『新旧対照市町村一覧』第2冊(東京:加藤孫次郎, 1889(明22)) 地名編纂委員会 『角川日本地名大辞典33 岡山県』(角川学芸出版, 1989, ISBN 4040013301) 関連項目 岡山県の廃止市町村一覧 Related Articles