承久の乱合戦供養塔

From Wikipedia, the free encyclopedia

承久の乱合戦供養塔
五輪塔群
承久の乱合戦供養塔の位置

承久の乱合戦供養塔(じょうきゅうのらんかっせんくようとう)とは岐阜県各務原市矢熊山(仏眼院)中腹にある承久の乱両軍戦没者の五輪塔群のことである。

市指定史跡(1972年昭和47年)11月)。

元々は承久3年(1221年)の承久の乱、「摩免戸の戦い」での鎌倉、京都両軍の戦没者供養のため、後年(戦国時代以降)、この地の人々の手により西宮寺(前渡西町地内)に安置されていたものである。その後、木曽川の氾濫により寺は流され供養塔も埋もれたままになっていたが、昭和初期の県道工事の際、前渡地区の各地で発掘される[1]。当時の住民はこれらの五輪塔を承久の乱の戦没者を供養したものと考え、前渡の桃春院に集め、その後矢熊山に移転安置された[1]

以来毎年6月5日に供養祭が行なわれている。

また、仏眼院では承久の乱供養塔の印の授与も行われている。

所在地

  • 岐阜県各務原市前渡東町大字矢熊山1975

交通アクセス

関連項目

脚注

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI