播磨稲日大郎姫
日本の古墳時代の皇族。景行天皇の皇后。子に櫛角別王(茨田下連祖、櫛角別命)
From Wikipedia, the free encyclopedia
記録
古事記
「針間之伊那毘能大郎女」または「伊那毘能大郎女」と表記される。吉備臣らの祖の若建吉備津日子(孝霊天皇の皇子)の女で、
日本書紀
「播磨稲日大郎姫」と表記され、景行天皇2年3月3日に皇后に立てられた。大碓皇子(おおうすのみこ)・小碓尊(日本武尊)の母とされるが、この他に稚倭根子皇子(わかやまとねこ)の母とする説も注している。また、稲日大郎姫の名の異説として「稲日稚郎姫」を挙げており、これは『古事記』で妹とされた伊那毘能若郎女に通じる。なお、景行天皇52年条に薨去記事がある。
播磨国風土記
記紀のイナビノオオイラツメは、『播磨国風土記』の賀古郡・印南郡条に登場する「