攝津幸彦
日本の俳人
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経歴
兵庫県養父郡八鹿町に生まれる。母良子(摂津よしこ)は桂信子主宰の「草苑」の幹部同人で、1980年の角川俳句賞受賞者。
高槻中学校・高等学校を経て、関西学院大学卒業。高校時代より叔父の影響でジャズを聞くようになり頻繁にジャズ喫茶に通った。大学では在学中は映画研究会に所属。また伊丹啓子(「青玄」主幹伊丹三樹彦の娘)を知り「関学俳句会」創立、機関誌「あばんせ」を創刊。また学生俳句会のつながりで、他大学の坪内稔典、澤好摩らと交流、大学を超えた同人誌「日時計」創刊に参加する。
1970年、広告会社の東京旭通信社(現・ADKホールディングス)に入社し上京。1972年田中資子と結婚。1974年、大本善幸、坪内稔典らと「黄金海岸」創刊。1974年、「鳥子幻影」で俳句研究「第二回五十句競作」にて佳作第一席となり、編集長高柳重信に見出され一躍注目される。1980年、俳誌「豈」創刊に仁平勝らとともに参加。同誌は遅刊で知られたものの、前衛俳句の一大拠点となった。1992年より肝炎で入退院を繰り返し、1996年順天堂病院にて死去。享年49。
作品
句集
- 『姉にアネモネ』1973年
- 『鳥子』1976年 ぬ書房
- 『與野情話』1977年 沖積舎
- 『鳥屋』1986年 冨岡書房
- 『鸚母集』1986年 書肆麒麟
- 『陸々集』1992年 弘栄堂書店
- 『鹿々集』1995年 ふらんす堂
- 『攝津幸彦集』1994年 ふらんす堂
- 『攝津幸彦全句集』 1997年(2006年改版) 沖積舎
- 『攝津幸彦選集』2006年 邑書林