散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道
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ストーリー
「国の為重きつとめを果し得で矢弾尽き果て、散るぞ悲しき」。1945年、3月16日、硫黄島総指揮官栗林忠道中将は大本営に宛てて電報を発し、10日後、3月26日に最後の総攻撃をしかけ戦死、玉砕した。彼が大本営に発した散るぞ悲しきという言葉は「悲しき」から「口惜し」に訂正され、「散るぞ口惜し」に改変されていた。
なぜ改変されたのか。このとき、私はまだ知らなかった。死んでゆく兵士たちを「悲しき」と詠うことが、指揮官にとってどれほどのタブーであったかを。エリート軍人たる栗林が、いたずらに将兵を死地に追いやった軍中枢部への、ぎりぎりの抗議ともいうべきこの歌を詠むまでに、どのような戦場の日々があったのかを。