敦賢親王 From Wikipedia, the free encyclopedia 敦賢親王(あつかたしんのう、長暦3年(1039年) - 承保4年8月17日(1077年9月6日))は、平安時代中期から後期にかけての皇族。三条天皇の孫。敦明親王(小一条院)の皇子。官位は三品・式部卿。 後冷泉朝の天喜元年(1053年)12月になって祖父・三条天皇の養子として親王宣下される。天喜4年(1056年)四品に叙せられると、康平元年(1058年)中務卿、康平4年(1061年)式部卿を歴任する。治暦4年(1068年)後三条天皇即位の日に帯剣を聴されている。白河朝の承保元年(1074年)三品に至った。 承保4年(1077年)8月17日に平安京で大流行した疱瘡のために薨去。享年39。 経歴 天喜元年(1053年) 12月:親王宣下 天喜4年(1056年) 日付不詳:四品 康平元年(1058年) 正月:中務卿 康平4年(1061年) 12月:式部卿 承保元年(1074年) 11月21日:三品 承保4年(1077年) 8月17日:薨去[1] 系譜 『尊卑分脈』による。 父:敦明親王 母:藤原頼宗の長女(院の上) 妻:源親方の娘 女子:淳子女王 生母不詳の子女 男子:増賢 - 大僧都、四天王寺別当 女子:居子女王 脚注 ↑ 『水左記』 参考文献 『大日本史料』2編902冊 水左記、栄花物語、十三代要略、扶桑略記、本朝皇胤紹運録、歴代編年集成、一代要記、皇代暦、伊勢斎宮部類 Related Articles