数理生態学

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上位分野 生態学数理生物学
主な手法 常微分方程式・確率過程・行列モデル・計算機シミュレーション
数理生態学
Mathematical Ecology
数理モデルと数学的手法を用いて生態現象を解明する学問分野
基本情報
上位分野 生態学数理生物学
関連分野 個体群生態学群集生態学生態系生態学数理疫学保全生物学
主な手法 常微分方程式・確率過程・行列モデル・計算機シミュレーション
主な学術誌 Bulletin of Mathematical BiologyJournal of Mathematical BiologyTheoretical Ecology
代表的な概念 ロジスティック成長・ロトカ=ヴォルテラ方程式・競争的排除原理・島嶼生物地理学理論

数理生態学(すうりせいたいがく、英語: Mathematical Ecology)は、数学的手法および数理モデルを用いて生態学的現象を記述・分析・予測する学問分野である。

生態学の一分野であると同時に、数理生物学の主要な応用領域のひとつでもある。個体群動態、種間相互作用、生態系の安定性、生物多様性感染症の伝播など、生物と環境の相互作用に関わる幅広い現象が研究対象となる。常微分方程式・偏微分方程式・確率微分方程式・差分方程式・行列モデル・グラフ理論など、多様な数学的道具が駆使される。数理モデルは実験や野外調査の代替として機能し、複雑な生態系において実験的に検証することが困難な仮説を理論的に検討するための「仮想実験室」としての役割を担う[1]

数理生態学は、生態現象の背後にある普遍的な法則や共通構造を数式によって表現し、理論的な洞察を導くことを目的とする。

数理生物学との関係については、数理生態学は数理生物学の一分野として位置づけられる。北海道大学の高田壮則は、数理生物学を「数学と生物学のmixture」と表現し、数学的側面を強調する場合は「生物数学(Biomathematics)」、生物学的側面を強調する場合は「理論生物学(Theoretical Biology)」とも呼ばれると説明している[2]。数理生態学はこの数理生物学の中でも特に生態学的現象に焦点を当てる分野である[3]

数理生態学の研究においては、モデルのシンプルさと複雑さのバランスが重要な課題となる。よりシンプルなモデルは汎用性をもつが個々の事例の精度が低下し、パラメータを増やして個別事例への精度を高めると汎用性が失われると同時に本質が見えにくくなる。こうした緊張関係を踏まえ、数学的操作性と生態学的リアリズムの最適な均衡を探ることが数理生態学の中心的な方法論的課題である[4]

歴史

黎明期(19世紀〜20世紀初頭)

数理的方法を生態学的過程の記述に用いた試みは古く、12世紀にまで遡るとされる[5]。近代的な数理生態学の基盤となる重要な一歩は、ベルギーの数学者ピエール=フランソワ・ヴェルフュルスト(Pierre François Verhulst)が1838年に発表したロジスティック方程式である。これは、資源量の制限によって個体群成長率が密度依存的に低下するという現実を取り入れた個体群成長モデルであり、個体群の環境収容力(K)への漸近収束を数式で表現した[6]。ヴェルフュルストの業績は長く忘れ去られていたが、1920年代にレイモンド・パールロウェル・リードによって再発見された[7]

ロトカとヴォルテラ(1920年代)

数理生態学における最大の画期のひとつは、アルフレッド・ロトカ(Alfred J. Lotka)とヴィト・ヴォルテラ(Vito Volterra)による捕食者‐被食者モデルの独立した定式化である。アメリカの数学者・人口統計学者であるロトカは1920年に捕食者‐被食者の相互作用を分析する微分方程式系を提示し、1925年の著書『Elements of Physical Biology』においてこれを詳細に発展させた。同書はのちに『Elements of Mathematical Biology』として改題・復刻され、生態学の古典とみなされている[8]

一方、イタリアの数学者・物理学者ヴォルテラは、義理の息子である海洋生物学者ウンベルト・ダンコーナから、第一次世界大戦中のアドリア海において捕食性魚類の漁獲比率が増加した理由を問われたことを契機として、独立に同一の方程式系を1926年に公表した[9]。このロトカ=ヴォルテラ方程式は、捕食者と被食者の個体数が周期的に振動することを予測するものであり、数理生態学の礎石となった[10]。1930年代には、ソ連の生態学者ゲオルギー・ガウゼ(G. F. Gause)がゾウリムシを用いた実験によりヴォルテラの予測を定性的に検証し、競争的排除原理(competitive exclusion principle)を経験的に裏付けた[11]

理論的深化(1950年代〜1960年代)

1950年代から60年代にかけて、G・イーヴリン・ハッチンソン(G. Evelyn Hutchinson)とロバート・マッカーサー(Robert MacArthur)を中心に、数理生態学は群集生態学にも展開された。特に重要な業績は、マッカーサーとエドワード・ウィルソン(Edward O. Wilson)が1967年に発表した『The Theory of Island Biogeography(島の生物地理学理論)』である。同書は、島への移入率と絶滅率の動的均衡によって島の種数が決まるという均衡理論を数学的に定式化し、種数と面積・隔離度の関係を定量的に説明した[12]。この書は、従来の記述的・自然誌的段階にあった生物地理学を定量的・予測的科学へと転換させ、保全生物学における保護区設計論にも大きな影響を与えた[13]

ロバート・メイと複雑性‐安定性論争(1970年代)

オーストラリア出身の理論物理学者ロバート・メイ(Robert May、のちオックスフォード卿)は、1973年に著書『Stability and Complexity in Model Ecosystems(モデル生態系における安定性と複雑性)』を刊行し、数理生態学を大きく前進させた。メイは、当時の生物学界の通説(複雑な生態系ほど安定である)に反し、数学的解析から「複雑な生態系はそれ自体では個体群の安定性をもたらさない」という逆説的な結論を導いた[14]。同書はまた、生態学に非線形数理モデル決定論的カオスの研究をもたらしたことでも知られ、プリンストン大学のサイモン・レヴィンは「ロトカとヴォルテラ以来、理論生態学において最も影響力のある著作であった」と評している[15]

主な内容・理論

個体群動態モデル

数理生態学の中核をなすのが個体群動態(population dynamics)のモデル化である。

ロジスティック成長モデル
ヴェルフュルスト(1838)が定式化したロジスティック方程式は、環境収容力 K への漸近収束として個体群成長を記述する最も基本的なモデルである。指数関数的成長と密度依存的制限の双方を統合したこのS字型曲線は、多くの生物個体群の現実の成長過程と定性的に一致することが知られている[16]
ロトカ=ヴォルテラ方程式
捕食者‐被食者間の相互作用を連立常微分方程式で記述するモデルで、両者の個体数が周期的に振動することを示す。このモデルは競争関係や宿主‐寄生者関係など、二種間の様々な生態的相互作用に応用される[17]
行列個体群モデル
レスリー行列(Leslie matrix)やレフコビッチ行列(Lefkovitch matrix)などを用いた齢・ステージ構成モデルは、年齢や発育段階の違いを明示的に組み込んだ個体群動態の解析に用いられる。野生動物の個体群管理や収穫割当の設定などに応用される[要出典]

競争と共存

競争的排除原理
ガウゼの実験に基づく同原理は、ひとつの生態的ニッチを完全に共有する二種は長期的に共存できず、一方が他方を排除するという数理的命題である。数理生態学における中心的な基礎概念のひとつとして位置づけられている[18]
中立理論
スティーブン・ハッベル(Stephen P. Hubbell)が提唱した生物多様性の統一中立理論(Unified Neutral Theory of Biodiversity and Biogeography)は、種間の生態的同等性を前提とした確率論的モデルにより、多様性パターンを説明しようとするアプローチであり、ニッチ理論と対比されてきた[19]

生態系の安定性と複雑性

数理的安定性解析(固有値解析リャプノフ関数分岐理論など)は、生態系がどのような条件で均衡を保ち、どのような条件で崩壊(種の絶滅・個体数の激減)するかを予測するために用いられる。ロバート・メイによる複雑性‐安定性の数学的解析はこの分野の先駆けとなり、「種の相互作用の複雑さが必ずしも安定性を高めない」という反直観的知見を生み出した[20]

空間生態学とメタ個体群

島嶼生物地理学理論
マッカーサーとウィルソン(1967)による均衡理論は、面積・隔離度と種数との関係を数理的に定式化したものであり、保護区の設計理論(SLOSSデベート)の理論的基盤ともなった[21]
メタ個体群モデル
1969年にレヴィンス(Levins)が定義した「個体群の個体群(a population of populations)」という概念に基づき、局所絶滅と再定着のダイナミクスを記述するモデルである。保全生物学における生息地断片化の影響評価に広く用いられている[要出典]
反応‐拡散方程式
偏微分方程式系を用いて、空間を通じた種の分散・侵入・パターン形成を記述するモデルである。チューリング・パターンとして知られる生物の空間的文様の数理的説明にも応用される。

数理疫学との連携

数理生態学は感染症の生態学(disease ecology)とも密接に関連する。SIR(Susceptible-Infected-Recovered)モデルをはじめとするコンパートメントモデルは、宿主‐病原体の相互作用を微分方程式で記述するものであり、個体群生態学のロトカ=ヴォルテラ的枠組みと構造的に類似している。基本再生産数 R₀ の概念は、感染症が個体群内で広がり得るかどうかの数学的閾値を与える[22]。野生動物の感染症研究では、メタ個体群モデルがこの枠組みに組み込まれ、病気の地理的拡散を記述するためにも活用されている[23]

モデルの種類

数理生態学で用いられるモデルは、大きく次のように分類される[24]

戦略型モデル(strategic models)
実験データへの当てはまりを重視した経験的定式化であり、特定の状況における予測精度は高いが、生態学的メカニズムの理解には必ずしも貢献しない。
動態モデル(dynamic models)
常微分方程式・確率微分方程式・差分方程式・積分方程式・反応拡散方程式などを用いて生態学的メカニズムを方程式内に明示的に組み込むアプローチ。戦略型モデルほど個別事例への予測精度は高くないが、生態学的過程の本質的な洞察を与える。
決定論的モデルと確率論的モデル
全方程式に厳密な解が存在する場合を決定論的、確率関数によって定義される場合を確率論的と呼ぶ。環境変動や個体数の少ない小個体群では、確率論的アプローチが特に重要となる。

生物多様性の数理的計測

生物多様性の定量化においても、数理生態学は重要な役割を果たす。シンプソン指数(Simpson Index)・シャノン指数(Shannon Index)・ レーニー指数(Rényi Index)など、多様な多様性指数が情報理論的概念や統計学的手法に基づいて提案されている。興味深いことに、これらの指数の一部は経済学における産業集中度の測定(ハーフィンダール=ハーシュマン指数など)と構造的類似性をもち、学際的な概念の共鳴を示している[25]

影響・評価

数理生態学は、生態学を記述的・自然誌的科学から定量的・予測的科学へと転換する上で決定的な役割を果たしてきた。数理モデルの使用により、観察から直接得ることが困難な生態学的なメカニズムへの理解が深まり、また複数の競合仮説を同時にデータと照合することが可能となった[26]

保全生物学においては、島嶼生物地理学理論やメタ個体群論が保護区の面積・配置・接続性の設計に理論的根拠を与えてきた。感染症生態学においては、SIRモデルをはじめとする数理疫学的手法が公衆衛生政策の立案に不可欠な知見を提供してきた。気候変動生態学においては、種分布モデルや個体群動態モデルが生物多様性の将来予測に活用されている。

一方で、数理生態学の課題として、パラメータ推定の困難さ、観察データのノイズや不完全性、生態系の非線形的ダイナミクスが指摘されている。また、生態学的モデルが適切に生物学的文脈に根ざしていなければ、その理論的進展が実証研究に結びつきにくいという問題も長年指摘されてきた[27]

日本における数理生態学

日本における数理生物学の最も古い教科書として知られるのは、1953年に小松勇作が著した『数理生物学概論』であり、ロジスティックモデル・ロトカ=ヴォルテラ方程式・齢構成モデルなどが紹介された。戦後の数理生物学的研究の蓄積を経て、現在では北海道大学・京都大学・東京大学・早稲田大学などの研究グループが数理生態学の研究を進めている[28]。理化学研究所数理創造プログラム(iTHEMS)においても、数理生態学の研究が推進されている[29]

主な著作・論文

  1. Elements of Physical Biology — Alfred J. Lotka, Williams and Wilkins, 1925年(1956年に Elements of Mathematical Biology として復刻)
  2. Variazioni e fluttuazioni del numero d'individui in specie animali conviventi — Vito Volterra, Memorie dell'Accademia dei Lincei, 1926年
  3. The Theory of Island Biogeography — Robert H. MacArthur and Edward O. Wilson, Princeton University Press, 1967年
  4. Stability and Complexity in Model Ecosystems — Robert M. May, Princeton University Press, 1973年
  5. Mathematical Biology I & II — James D. Murray, Springer, 2002–2003年

関連項目

脚注

外部リンク

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