文帝元皇后 From Wikipedia, the free encyclopedia 元皇后(げんこうごう、? - 551年)は、宇文泰(北周の文帝)の夫人。北魏・西魏の公主で、孝武帝の妹にあたる。死後に皇后に追尊された[1][2]。 広平王元懐の娘として生まれた。平原公主[3]に封ぜられ、開府の張歓(張瓊の子)に嫁いだ。張歓は性格が貪欲で残酷であり、公主に対しても無礼な態度を取り、また公主の侍婢を殺したことがあった。公主は怒って孝武帝に訴え、孝武帝は張歓を捕らえて処刑した。馮翊公主に改封されて、宇文泰の元に嫁ぎ、宇文覚(孝閔帝)を生んだ。大統17年(551年)、死去した[1][2][4] 恭帝3年(556年)12月、成陵に合葬された。孝閔帝元年(557年)、北周が建てられると、王后に追尊された。武成元年(561年)、皇后に追尊された[1][2]。 脚注 1 2 3 周書 1971, p. 142. 1 2 3 北史 1974, p. 527. ↑ 『周書』文帝元皇后伝および『北史』文皇后元氏伝では「平原公主」とし、『北斉書』および『北史』の張瓊伝では「平陽公主」としている。 ↑ 『周書』文帝元皇后伝では「大統七年薨」とし、『北史』文皇后元氏伝では「魏大統十七年薨」としている。孝閔帝が大統8年生まれであるため、その母が大統7年に死去していることはありえず、『北史』の記述が妥当とみなされている。 伝記資料 『周書』巻9 列伝第1 皇后 『北史』巻14 列伝第2 后妃下 参考文献 『周書』中華書局、1971年。ISBN 7-101-00315-X。 『北史』中華書局、1974年。ISBN 7-101-00318-4。 Related Articles