文挟宿 From Wikipedia, the free encyclopedia 文挟宿(ふばさみしゅく)は、日光脇往還の宿場(第二十二宿)。 現在の栃木県日光市文挟付近に位置した。 日光道中壬生通りが、1617年(元和3年)3月に竣工した日光山東照社(東照宮)への資材輸送路として整備されるなかで成立。 壬生通宿村台帳(1843年、天保14年)には32軒156人と記載され、こぢんまりとした宿場だった。これは、隣接する板橋宿と合わせて1宿の扱いとなっていたため[1]。 隣の宿 日光脇往還 鹿沼宿 - 文挟宿 - 今市宿 脚注 ↑ 栃木県日光市の宿場町 日光例幣使街道文挾宿 関連項目 脇往還 この項目は、栃木県に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:日本の都道府県/栃木県)。表示編集 この項目は、古道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:古道/Portal:交通史)。表示編集 Related Articles