文芸銃後運動 From Wikipedia, the free encyclopedia 文芸銃後運動(ぶんげいじゅうごうんどう)とは1940年菊池寛の発案によって設立された、文学者が翼賛運動を行う組織。全国各地で講演会を開いた。この発想が、文芸家協会などを包摂した新組織(のちの文学報国会)へとつながった。 1940年(昭和15年)5月より、文芸家協会主催、東京日日新聞、大阪毎日新聞などの後援により全国各地で文芸銃後運動大講演会が開催された。第一回は、5月6日に浜松市公会堂で行われたもので、久米正雄が「文芸的事変処理」、横光利一が「現在考うべきこと」、岸田国士が「現代風俗について」、中野実が「帰還の言葉」と題して講演を行った。また、紅一点で参加した林芙美子は「最近の娘さんは緊張を欠いている」と熱弁をふるった[1]。 後援会は、その後、静岡市、岐阜市、名古屋市、京都市、大阪市、神戸市、和歌山市で行われ、徳川夢声、吉川英治、菊池寛らの途中参加も計画された[2]。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 浜松公会堂で第一声『東京日日新聞』(昭和15年5月7日)『昭和ニュース辞典第7巻 昭和14年-昭和16年』p705 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年 ↑ 久米正雄、横光利一『大阪毎日新聞』(昭和15年5月7日夕刊)『昭和ニュース辞典第7巻 昭和14年-昭和16年』p705 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年 関連項目 日本文学報国会 文装的武備 文化戦犯 リンク 文芸銃後運動――各地講演旅行の目標――岸田國士 この項目は、文学に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:文学/PJライトノベル)。項目が小説家・作家の場合には {{Writer-stub}} を、文学作品以外の本・雑誌の場合には {{Book-stub}} を貼り付けてください。表示編集 Related Articles