新宿松竹文化演芸場 From Wikipedia, the free encyclopedia 正式名称 新宿松竹文化演芸場開館 1958年10月28日閉館 1962年8月12日客席数 365席新宿松竹文化演芸場Shinjuku Shouchiku Bunka Engeijou 当演芸場が入居していた新宿松竹映画劇場[1]情報正式名称 新宿松竹文化演芸場開館 1958年10月28日閉館 1962年8月12日客席数 365席用途 演芸、軽演劇運営 松竹第一興行株式会社所在地 〒160東京都新宿区新宿3丁目15-15テンプレートを表示 新宿松竹文化演芸場(しんじゅくしょうちくぶんかえんげいじょう)は、東京新宿角筈にあった演芸場。松竹傍系の松竹第一興行が経営していた。落語定席ではなく、軽演劇と色物芸人(落語家以外の演芸人の通称)主体の興行を行っていた。 新宿松竹会館(東京都新宿区新宿3-15)の地下に位置した演芸場。座席数365席。石井均一座の常打ち劇場であり、若き日の立川談志(当時柳家小ゑん。落語ではなく漫談を演じていた。)や東京に進出した漫画トリオらが腕を磨いた。また野末陳平も野坂昭如と漫才コンビ(「黒メガネ漫才」)を結成して出演したことがある。 沿革 1958年10月28日 開場。 1962年8月12日 閉館。 定紋 松竹マークの下に花(?)を象った紋様を重ね、その紋様下部には白抜き文字で「SHINJUKU」とローマ字が書かれていた。 備考 閉館後隣接する映画館(新宿名画座・新宿スター座の2館)と合併した大改装を行い、上階にあった新宿松竹が移転して映画館になった[2]。しかし、この映画館もまた新宿松竹・新宿ピカデリー2(1999年6月より新宿ピカデリー2・3に改称)に再分割されたが、2006年5月14日に閉館。現在は跡地にシネマコンプレックスの新宿ピカデリーが立地している。 支配人をつとめていた磯野勉は後に芸能プロダクション・太田プロダクションを興し、てんぷくトリオやツービートを輩出。現在もダチョウ倶楽部等多くの人気タレントを抱えている。 関連項目 松竹芸能 新宿角座 - 松竹芸能(本社・大阪市)が「THEATER/TOPS」跡にて2011年5月14日から2021年3月28日まで経営していた劇場。近隣にある吉本興業の「ルミネtheよしもと」の競合施設にもなっていた。かつて松竹芸能が経営していた「道頓堀角座」と同様に、松竹芸能所属の関西芸人によるお笑いライブが主体であり、東京の色物主体の演芸興行を行ってきた新宿松竹文化演芸場とは位置づけが異なっていた(なお、松竹芸能所属の笑福亭鶴光一門の関係から、落語芸術協会絡みの落語会も催されていた)。所在地は新宿松竹文化演芸場の跡地から徒歩1分程度の場所で、同じ靖国通りの南側に位置していた。 脚注 ↑ 『映画館のある風景 昭和30年代盛り場風土記・関東編』 キネマ旬報社、2010年 ↑ 毎日新聞 1962年9月3日付夕刊 この項目は、寄席・演芸場に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:舞台芸術/P:お笑い/PJ:お笑い)。表示編集 Related Articles