本籍・茨城県行方郡麻生町[2]。司法官・新庄直陳の長男として生まれた[1][4]。父の死去に伴い、1913年(大正2年)6月20日、子爵を襲爵した[1][4][5]。
1908年(明治41年)7月、東京帝国大学工科大学造兵学科を卒業[2][3]。1910年(明治43年)鉄道院(後の日本国有鉄道の前身)技手に就任。その後、同技師、同嘱託などを務めた[2][4]。
1917年(大正6年)3月10日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[6][7]、研究会に所属して活動し[2]、1939年(昭和14年)7月9日まで4期在任した[2]。
1945年(昭和20年)2月19日に隠居し、同年8月に死去した[1]。