新村徹
From Wikipedia, the free encyclopedia
1936年、京都府生まれ。子供の頃に、父・新村猛が「世界文化」出版に関連して治安維持法違反で逮捕されたことから国賊の子扱いされ、国民学校時代にはいじめ抜かれるという経験も持つ[1]。
愛知大学中国文学科卒業を経て、旧・東京都立大学大学院博士課程修了。専攻は中国文学。
『広辞苑』(岩波書店)第二版以降の改訂編集や「新村出全集」ほかの祖父の著作編集などにも加わった。立命館大学、同志社大学などの非常勤講師を経て、1975年より桜美林大学助教授を経て、教授となる。
今江祥智とは同志社大学の学生時代でロマン・ロラン研究会で講師として来た父・新村猛と出会って人生の恩師になると同時に徹とも出会って以来親交深かった。
1984年10月20日、町田市内でバスで降りた後、道路を横切る途中でバイク事故にあい、病院搬送されたが意識は戻らず、翌21日に急逝した[2][3]。享年48歳。