新田原救難隊
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概要
沿革
- 1960年(昭和35年)3月1日 - 新田原基地において救難航空隊隷下で新田原救難分遣隊編成[1]。
- 1961年(昭和36年)7月15日 - 救難航空隊が航空救難群に改編[1]。
- 1964年(昭和39年)12月1日 - 新田原救難分遣隊が新田原救難隊に改編[1]。
- 1968年(昭和43年)12月 - KV-107配備開始[4]。
- 1969年(昭和44年)3月 - T-6ラストフライト[4]。
- 1970年(昭和45年)9月2日 - 新田原基地から小松基地への航法訓練中のMU-2Sが滋賀県彦根市付近で墜落。乗員4名が殉職した[5]。
- 1971年(昭和46年)3月1日 - 航空救難群が航空救難団に改編[1]。
- 1972年(昭和47年)8月8日 - 新田原基地沖の洋上に墜落したアメリカ海軍E-2の捜索活動を行っていたKV-107が洋上に墜落炎上し、二次災害となった[6]。
- 1973年(昭和48年)4月11日 - 救難訓練のため新田原基地を離陸したMU-2Sが都農町矢研の滝付近の山中に墜落[7]。
- 1989年(平成元年)3月16日 - 航空救難団が航空支援集団隷下に隷属替え[1]。
- 1997年(平成9年)3月 - UH-60J配備開始[4]。
- 1999年(平成11年)3月 - KV-107ラストフライト[4]。
- 2000年(平成12年)3月 - U-125A配備開始[4]。
- 9月 - MU-2Sラストフライト[4]。
- 2010年(平成22年)3月1日 - 部隊創設50周年記念式典を実施[8]。
- 2013年(平成25年)3月26日 - 航空救難団が航空総隊隷下に隷属替え[1]。
部隊編成
- 隊本部
- 総括班
- 飛行班
- 整備小隊