新長谷寺 (京都市)

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所在地 京都府京都市左京区浄土寺真如町82
位置 北緯35度1分19.2秒 東経135度47分21.4秒 / 北緯35.022000度 東経135.789278度 / 35.022000; 135.789278座標: 北緯35度1分19.2秒 東経135度47分21.4秒 / 北緯35.022000度 東経135.789278度 / 35.022000; 135.789278
宗派 天台宗
新長谷寺

所在地 京都府京都市左京区浄土寺真如町82
位置 北緯35度1分19.2秒 東経135度47分21.4秒 / 北緯35.022000度 東経135.789278度 / 35.022000; 135.789278座標: 北緯35度1分19.2秒 東経135度47分21.4秒 / 北緯35.022000度 東経135.789278度 / 35.022000; 135.789278
宗派 天台宗
本尊 十一面観音
開山 伝・藤原山蔭
札所等 洛陽三十三所観音霊場第5番
公式サイト 洛陽三十三所観音霊場巡礼 新長谷寺
新長谷寺の位置(京都市市街内)
新長谷寺
新長谷寺
新長谷寺 (京都市市街)
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新長谷寺(しんはせでら)は、京都市左京区浄土寺真如町にある天台宗寺院本尊十一面観音真如堂の境内にある。洛陽三十三所観音霊場第5番札所。

寺伝によると、陽成天皇貞観18年(876年) - 元慶8年(884年))の頃、西国に赴こうとしていた藤原高房がその途中で大きなを助けた。その後高房の子藤原山蔭が航海中に海に落ちてしまったが、その亀が山蔭を助けてくれたという。その数十年後、その山蔭が後妻と先妻の子を連れて九州におもむいた際、後妻が先妻の子を海に付き落とした。すると、またしてもあの大亀が現れてその子を助けてくれたという[1]

この2度の出来事により、山蔭はあの亀は観音様が遣わしてくれたものに違いないと考え、まず小さな観音像を2体製作し、1体は手元に置き、もう1体を自領である摂津国島上郡のお堂(現・総持寺)に置いたという。こうしたことから総持寺にも当寺と同じような話が伝わり、また亀の恩返しにより開かれた総持寺の話自体が『今昔物語集』や『源平盛衰記』などに記載されている[2]。そして長谷寺十一面観音像と同じ大きな観音像を作り、さらに8尺の観音像を御前立として吉田神楽岡の麓にある自邸に法相宗の新長谷寺を建立し、祀ったのが当寺の始まりであるという[1]

当寺は明治時代に入り廃仏毀釈で荒廃してしまったが、後に真如堂の境内地である現在地に移された[1]。そのような経緯のため真如堂の境内にあるが、真如堂の塔頭ではない。

境内

  • 本堂

前後の札所

洛陽三十三所観音霊場
4 革堂行願寺 - 5 真如堂新長谷寺 - 6 金戒光明寺

所在地

  • 京都府京都市左京区浄土寺真如町82

アクセス

  • 京都市営バス真如堂前バス停(急行バス通過)から徒歩約8分。または錦林車庫前バス停(急行バス停車)から徒歩約10分。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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