旅館大村屋
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旅館大村屋の名称が確認できる最も古い文献は、戯作者・大田南畝による紀行文『小春紀行』である。同書には文化2年(1805年)の記述として「ゆきゆきて嬉野の宿につく。主を大村屋という、北川兵次郎なるものなり」とあり、この時点で「大村屋」という宿が存在していたことが分かる[1]。
また、日本地図作成のため長崎街道を測量していた伊能忠敬の文化10年(1813年)の記録にも、「大村屋兵次郎」の記述が見られる[2]。
これらの史料から、大村屋の創業は文化2年以前と推測されるが、正確な創業年を示す一次資料は現存していない。大正11年(1922年)に発生した嬉野温泉の大火により、宿に保管されていた文書や宿帳の多くが焼失したためである。その後、敷地内から「天保元年」の刻印が施された敷石が確認されたことから、現在は天保元年(1830年)創業としている[3]。
中林悟竹のほか、斎藤茂吉をはじめ数々の文人たちも宿泊したことでも知られている。[4]旅館大村屋の館内には、中林梧竹の作品が飾られており、大正の嬉野の大火の中で燃え残ったものとされている。[5]
沿革
旅館大村屋では、時代に応じて館内施設の改修や増築を行ってきた。
- 1973年ごろ(昭和48年):西館を新設。
- 1989年(平成元年):新館(東館)を新築。
- 2007年(平成19年):貸切風呂4室を増設。
- 2008年:現代表・北川健太の就任に伴い、一部客室の改修および外壁塗装を実施。
- 2013年:半露天風呂付き和洋室3室をリニューアル。
- 2015年:露天風呂付き和洋室1室をリニューアル。
- 2017年:宿のコンセプトを「湯上がりに音楽と本を楽しむ宿」とし、館内に「湯上がり文庫」を新設。同年、半露天風呂付き和洋室3室、内風呂付き和洋室1室をリニューアル。
- 2018年:和室2室をスイート仕様かつバリアフリー対応のコネクティングルームに改修。[6]
- 2022年:ラウンジに「Music Bar OOMURAYA」を新設し、内風呂付き和洋室5室をリニューアル。公式HPリニューアル。編集長に大塚たくまを据え、Webメディア「暮らし観光案内所」運用スタート。[7]
- 2024年:大浴場2室を全面改修。音楽家・岸田繁(くるり)が大浴場および半露天風呂のためのアンビエント音楽を制作。[8]
- 2025年:貸切風呂4室を改修し、そのうち1室をプライベートサウナ付き浴室とした。[9]