日之出水道機器
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日之出水道機器 佐賀工場 | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒812-0043 福岡県福岡市博多区堅粕5丁目8番18号 |
| 設立 | 1919年6月8日 |
| 業種 | 金属製品 |
| 法人番号 | 3290001015973 |
| 事業内容 | 鋳鉄製品の研究開発・製造販売 |
| 代表者 |
代表取締役会長 浦上紀之 代表取締役社長 浅井武 |
| 資本金 | 9000万円 |
| 売上高 |
310億円 (2025年3月期) |
| 純利益 |
△7億6,200万円 (2024年3月期)[1] |
| 純資産 |
207億4,400万円 (2024年3月期)[1] |
| 総資産 |
396億7,800万円 (2024年3月期)[1] |
| 従業員数 | 853名(2025年3月31日現在) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 外部リンク | https://hinodesuido.co.jp/ |
日之出水道機器(ひのですいどうきき)は、日本の企業である。水道、下水道、都市ガスなどのマンホール蓋等の鋳鉄製品の製造と開発を行っている[2][3]。
歴史
1919年(大正8年)6月8日に福岡市橋口町(現在の天神)で合名会社日之出商会として創業する[7]。創業者の浦上宗次はそれまで日立製作所に勤めており、創業当初は機械販売会社であった[7][8]。当時は鉄が高価であり、メーターボックスの鉄蓋の盗難が相次いだことから水道局より依頼を受け1925年(大正14年)自動錠付き盗難防止鉄蓋を考案、1926年(大正15年)日之出式鉄筐として専売特許を取り販路を拡大した[8][9]。太平洋戦争中は軍需工場として艦船用バルブを製造し、戦後まもなくはアルミ製の鍋や釜を製造した[9]。その後水道整備が再開されるとともに水道機器の製造を手掛けるようになる[9]。ダクタイル鋳鉄製の鉄蓋を開発したことでマンホール用鉄蓋のシェアを伸ばし、マンホール用鉄蓋の全国シェアの60%を占める[9][10][11][12]。
沿革
- 1919年 - 合名会社日之出商会として福岡市橋口町で創業[7][13]。
- 1948年 - 株式会社に改組[9]。
- 1949年 - 社名を日之出水道機器に改称[9]。
- 1958年 - 製造部門を分離し、日之出鉄工を設立[10]。
- 1961年 - 日本で初めてダクタイル鋳鉄を鉄蓋に使用[7][10]。
- 1967年 - 埼玉工場を開設。
- 1969年 - 鉄蓋のガタツキによる騒音を防止するため、蓋と受枠を勾配面で嵌合させる急勾配受構造を開発。
- 1976年 - 蓋表面にエポキシ樹脂を充填したカラー表示鉄蓋を製品化。
- 1980年 - カラー舗装にマッチする充填材が選べる鉄蓋を開発。
- 1986年 - 栃木工場を開設。
- 1997年 - ブリヂストンの技術協力を得て、二輪車が雨の日でも滑りにくいAnti-Slipping Designを開発[14]。
- 2008年 - 災害、緊急時に必要な情報を確認できるICタグを装備したバルブボックスカバーを開発。
不祥事
独占禁止法違反被疑事件
2005年12月、公正取引委員会は日之出水道機器を独占禁止法違反の疑いがあるとして立ち入り検査を行った[15]。他の下水道用鉄蓋製造販売業者が日之出水道機器から知的財産の実施許諾を得て地方公共団体向け下水道用鉄蓋を製造販売する際に、販売数量の制限、販売先の制限、販売価格の制限等の行為を行うことにより、他の下水道用鉄蓋製造販売業者の事業活動を排除し、又は支配するなどによって、下水道用鉄蓋の取引分野における競争を実質的に制限するなどの行為を行っていた疑い[15][16][17][18]。
しかし、2006年12月12日、これらの疑いを裏付ける事実を認定するに至らなかったことから審査を終了することとした[19][20]。