日光市フランス人女性行方不明事件
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| 日光市フランス人女性行方不明事件 | |
|---|---|
| 場所 |
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| 日付 | 2018年(平成30年)7月29日午前10時ごろ |
| 概要 | フランス人女性の行方不明事件 |
| 行方不明者 | 当時36歳のフランス国籍の女性 |
| 犯人 | 不明 |
| 動機 | 不明 |
| 対処 | 捜索中(未解決) |
| 管轄 | 栃木県警察日光警察署 |
日光市フランス人女性行方不明事件(にっこうしふらんすじんじょせいゆくえふめいじけん)とは、2018年に栃木県日光市で発生した未解決の失踪事件。日本に1人で観光に来ていた当時36歳のフランス人女性が、2018年7月29日に、宿泊していたホテルで朝食を取っているところを目撃されたのを最後に、荷物をホテルに残したまま、行方不明になった。
スイスの電話会社による女性の携帯(スマートフォン)の位置情報の解析で(2025年までに)分かっていることは、失踪当日(2018年7月29日)の朝、午前8時30分ごろ、女性の携帯の位置情報を示す赤い点は、女性の部屋からホテル(旅館)内の朝食会場へ移動した[1]。午前11時15分、女性は、携帯で次に滞在予定だった岩手県の宿泊先を検索したことも分かっている[1]。11時40分、このホテル内でグーグルマップを開いていたことも解析で分かった[1]。ところが、その後に、女性の携帯は、グーグルマップを開いた状態のまま、通常ではない方法、不自然なやり方で電源が切れた(何かしらの形でスマホが壊れたと考えられる電源の切れ方をした[1]。たとえばスマホが壊されたり、水没した時に起きるような電源の切れ方をした)[1] 。そしてその後、彼女も、携帯も見つかっていない[1]。
来日から日光までの足取り
女性は7月27日に成田国際空港から入国した[2]。女性は8月14日まで日本に滞在する予定で、その間の予定を詳細にノートにメモしていた。女性は一日目を東京都内で過ごした。翌日(7月28日)都内から特急で日光へ向かい、予約していた旅館へ16時頃にチェックインした。なお、女性が東武日光駅から旅館へ歩く姿が防犯カメラに写されている[2]。
当日の目撃情報、後年の携帯の位置解析
失踪当日となる7月29日には、女性が旅館で朝食をとるところを他の宿泊客に目撃されている。
ホテルの従業員の証言によると、7月29日の朝、彼女は他の観光客とともに朝食を摂った後、10時30分頃にホテルを一旦出た。その時、天気は暑く、雨は止んでおり、女性は夏の服装、すなわち白い綿の半袖トップス、茶色のショートパンツ、明るい色のテニスシューズ(スニーカー)を着用して外出した。身につけていたのは、花柄のビニール加工された革の斜めがけハンドバッグと携帯電話だった。(ホテルの従業員が、女性を目撃して証言したのはそこまで)。つまり、女性は見る予定にしていた何らかの場所へ、一旦外出した[2]。
スイスの電話会社による女性の携帯の位置情報の解析では、女性はその後ホテルに戻り、午前11時15分、女性は携帯で次に滞在予定だった岩手県の宿泊先を検索したことも分かっている[1]。11時40分、このホテル内でグーグルマップを開いていたことも解析で分かった[1]。ところがその後に、女性の携帯は、グーグルマップを開いた状態のまま、通常ではない方法、不自然なやり方で電源が切れた(何かしらの形でスマホが壊れたと考えられる電源の切れ方をした[1]。たとえばスマホが壊されたり、水没した時に起きるような電源の切れ方をした)[1] 。そしてその後、女性も、携帯も見つかっていない[1]。
旅館の支配人による警察への届け出
翌7月30日、女性は日光を出発して仙台に向かう予定にしていた。しかし、朝になっても女性はチェックアウトのために姿を現さなかった[3]。前日に女性の部屋の清掃を行ったホテルの男性従業員が、女性の部屋を見て、ベッドが整えられたまま手つかずであること(寝た形跡がないこと)に気づいた[3]。彼は30日午前中の中頃に、通りでパトカーを呼び止め、女性が戻ってこないことを伝えた[3][2]。
ホテルの部屋には、女性の持ち物のほぼ全て、すなわちスーツケース[3]、名刺[3]、宿泊先の人々のために用意していたささやかなプレゼント[3]、そしてパスポート[3]が、残されたままになっていた[3]。
こうして、女性は忽然と姿を消した[3]。そして彼女の携帯も見つかっていない。
行方不明時の女性の特徴
家族による捜索と日本側の動き
届け出があった2日後の2018年8月1日には駐日フランス大使館を通じて、女性の家族は女性が行方不明となっている報せを受け取った[2]。
被害者家族の活動、フランスでの広報キャンペーン
その後、8月6日には女性の妹と2人の兄弟が警察の捜索に協力するために訪日。また、女性の母親はマクロン大統領に捜査協力を求める手紙を送った。
行方不明からおよそ2週間後の8月12日、女性の兄の立会いのもと、警察は女性が宿泊した客室を調査し、ルミノール反応が確認された。しかし、警察はそれ以上の分析を行わず、家族は捜査への不信と不満を示している[5][6]。
9月9日には、女性の妹が日光の観光客に女性の写真を持っていないか呼びかけ、翌月の10月17日に来仏していた安倍晋三首相と会談を行うためエリゼ宮殿に訪れたマクロン大統領に女性の母親が女性のことについて声をかけた。
11月10日には、500人近くの市民が女性が住んでいたポワチエに集まり、女性を見つけるための行進デモおよび広報キャンペーンを行った。
日本側のホテル周辺での捜索
行方不明になった年の翌年の2019年の5月7日から10日間、山岳救助隊が周囲を捜索したが手がかりを見つける事はできなかった。
被害者家族の再来日
事件から1年が経とうとしていた同年7月に、女性の家族が日光でデモを行うため再び訪日。
2年後の救助犬による捜索
事件から2年が経った2019年8月に日本の当局はホテル周辺に救助犬を7頭投入し、捜索に当たったが手がかりはつかめなかった[2]。
日本の警察の捜査活動の不足 - 被害者家族の疑義、日本の当局の捜査のやり方に対する怒り
先述の2019年5月の調査後、女性の家族は事故説を信じていないと発言し、調査を続けるためにまた訪日することを宣言した。また、日本側からフランス当局に提出された報告書が不完全だ、と指摘した。特に、女性のGoogle マップアカウントのデータ(家族によると、女性の足取りを失踪当日の午前11時40分にWi-Fiの電波が途切れる時点まで辿ることができたとのこと)が、日本の当局側の捜索に一切活用されていないことに対する疑義と怒りを訴えた。[要出典]